第6話 会議と鍛冶場の紹介
配られた資料の表紙には、『世界の現状と対策』と書いてある。
世界の危機にしては随分と素っ気ない文面だが、これはこの世界で主流なスタイルなのだろうか。
二枚目には、全面に白地図が書いてある。
僕らの世界の物よりもやや杜撰な感じで詳細なところもよく分からないが、まあまあ良い出来の地図なのではないだろうか。
ただ、地図の輪郭が楕円で、慣れない形だからとても見づらい。
僕の世界ではモルワイデ図法というんだったか、メルカトル図法の方をよく見ている僕からは違和感があるが、この形式も何か利点があったはずだ。それがなにかは覚えていないが。
おそらく地図内の実線で囲まれた部分が大陸でその外側が海だと考えると、五つの大陸があるということが分かる。それとポツポツと点が打ってあり、これは大きな島を示しているのだろう。
大陸うちの二つには何の線も入っていないが、残りの三つは破線によって何個かに区切られている。
破線は国境を示しているのだろう。破線や実線に囲まれた各領域には一つづつ番号が割り振られている。
番号がそれぞれ何と対応しているのかと紙面を探すと、右下に小さく対応表がある。
対応表をもとに国の大きさを大まかに見ると力関係のようなものが一目瞭然である。
三つの大陸のうち最も大きいものは地図上に『
『
三つのうち最小の大陸は全ての土地がランディエルムかオリエンの国の領土で、また、多くの境界線が直線で引かれていたり全ての区画が海に接しているなど、政治や経済的な目的のためだけの、粗雑に扱われている地域なのだろうというのが見て取れる。
破線のない二大陸のうち一方の『魔大陸』には番号が振ってあって魔王領と書いてあり、もう一方は『
「表紙をめくってください。二ページ目はこの世界の外観になっています。三ページ目からは魔王勢力やこの世界の現状についての資料なので、私の説明を聞きつつご覧ください。」
教皇が言い、僕はパラパラと紙をめくる。
三ページ以降には図表だけが並んでいて、教皇の説明のための補助のようだ。
読み込む必要のある部分も特には無さそうなので、目線は資料に向けつつ教皇の話に集中してしまって良さそうだ。
「まず、魔物の数と討伐数の推移ですね…」
「次に、国別の被害の大きさです。…」
「魔王出現と魔物の増加の関係について…」
「魔王の侵略ルートの予想と考えうる戦略について…」
「勇者様一行への支援の予定…」
云々。
教皇は僕には全く関係なさそうな話題をしているので、資料を見て興味深げに頷きつつ、必要なことを書き込むふりをして紙の端に落書きをする。
他の席とは距離がかなり空いているので、誰かにバレるということは無いだろう。
ふと顔を上げると、円卓の中心を挟んでおおよそ向かい側にいる人と目が合った。
相手は笑いながら手を振ってくる。
何もしないで失礼な奴だと思われてももいけないので、苦笑いしつつ手を振り返すと、嬉しそうにサムズアップされた。
六番目の上座の人は誰だったかと思い出しつつ、地図を見る。
『エウクレイア国』、ランダシアのすぐ近くにある島国の小国だ。そして確か代表の名前は…アウレリウス。
自己紹介だけではどんな人間か分からなかったが、エリックに似て若く、飄々としている印象を今持った。
落書きついでに小鉄片で作れそうな仕込み武器を二つほど思いついたところで、教皇の説明は、質問をうけたり答えたりするところまで含め全て終わった。
このままこの会場で懇親会をするというので、準備のために僕達は一旦外に出て、そのまま今日からしばらく泊まる場所に案内された。
先程馬車から降りた場所から見て、建物のちょうど裏側には、小さな町のように家が立ち並んでいた。
そのうちの一棟の家を貸し出して、自由に使わせてくれるらしい。
僕と戦闘職四人にはそれぞれ他に紹介する場所があるというので、僕は家の中に荷物を置いて付いていく。
しばらく歩き、神殿の端の方にある鍛冶場に着く。
中にいた何人かの職人が興味津々に僕を見つめてくるのでそれに対して挨拶をしつつ、鍛冶場の一番奥まで歩く。
奥には一つだけ火のついていない炉があり、ここを使っていいという。
燃料や鉄もすぐ近くにに積んであるから、ここが最も使いやすい炉なのだろう。世界を救う人間として、期待されているのだろうな。気が重い。
案内されるがままに初めの大きな建物の方に戻ったが、案内人の歩くのが早かったのか早くついてしまった。
まだレオ達もおらず、会場の準備も出来ていないようで、閉まった扉の前で案内人が困ったように立ち止まる。
すぐ近くの小さな原っぱで国の代表達が各々椅子に座って寛いでいるのでそっちに向かおうとすると、僕に気づいた代表の一人がこちらに歩いてくる。
さっき僕に手を振っていた、おちゃらけたアウレリウスである。
「初めまして鍛冶師のハウエルさん。さん付けは長くて嫌いなのでハウエルと呼んでも?」
「構いません。では僕も敬称を付けずにアウレリウスと呼んでも良いですか?」
「良いです良いです。そうだ!敬語も敬称も長ったらしいのでやめてしまおう!…そして僕のことは短くレリと呼んでください。」
「分かった。…レリ。」
一国の代表とタメ口で話すのは勇気がいるな。それにしても、この人はとても気さくで接しやすい。
「ハウエルは、鍛冶師と言ってたけども、先も細くて全然鍛冶師っぽくないね。」
「本当は技術者というか、細かい作業が得意なんだけど、勇者一行に入ったときに、鍛冶師の役職を与えられてしまったので…」
「なるほどそれはしょうがない。」
「レリは王というか一国の代表にしては軽すぎないか?」
「そうかな、これでも千三百年はエウクレイアの国王をやってるんだよ?今生きてる中では最古の国王なんだよ?」
「千三百年!…って、人間の寿命を優に越してる気がする。」
「その通り。僕は半神半人だし、人生の最盛期からは不老不死なのさ。」
「半神ってことはレリの半分は神なのか?神ってそんなに人間と近い存在とは思えない。僕の世界では強大な概念みたいな存在だったけど。」
「そうなのかい?それは詳しく聞きたいね。異世界となればさぞ異なった文化があることだろう。けど、とりあえずは懇親会を楽しもうじゃないか。」
レリの目の動きに釣られて教会の扉の方を見ると、扉は開かれ、中には円卓に並んだ豪勢な料理と、立ち飲み用のようないくつかのハイテーブルが見えた。
扉から続く通路の遠くの方にはエリックとヒサコ先生、ミシェルの三人の姿が見える。 ここまで案内してくれた人はどこかに行ってしまったが、勝手に入っても大丈夫だろうと判断して建物の中に入る。
先に中に入っていた代表の何人かが、僕に話しかけてくる。
綺麗だったり豪華だったりする服装の男女に囲まれる中で、小綺麗ではあるが普段着レベルの服装で来てしまったことを僕は後悔する。
レリのときはそんなに気にならなかったのになと思いつつ目線だけレリに向けると、小皿に山盛りにパスタを盛り付ける、普段着の
勇者達も教会に到着し、代表達も分散して行って僕の周りからはいなくなった。
レオもハイトも帯刀は失礼だと思ったのか、家かどこかに置いてきたらしい。ミシェルとエオスはいつの間にかそれぞれ紺色と白のドレスに着替え、テオもちゃんとした服装をしている。
テオはここに来たときからその服装だったかもしれないが、よく見ていなかったから分からない。
一方でエリックとヒサコ先生は普段着のままで、一向に気にしている様子はない。
王冠にドレスの似合う長身の女王に持ち上げられ、嬉しそうに手足を動かす先生は、もはや子供にしか見えない。
エリックは壁によりかかりながらシャンパングラスを回し、普段着でありながら格好をつけている様子だ。
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