第5話 異世界

 顔を上げると、レオが屈んで教皇の肩に手を置いている。


「どうかお立ち上がり下さい、教皇」


 いつものレオの声とは全く異なる厳かな声が発せられ、肩から手を放したレオが一歩下がったところで教皇がゆっくりと立ち上がった。

 まるで示し合わせたかのように完璧で優雅な連携だ。


「私は勇者レオ。そして、私に続くのは三法四技をもって魔王討伐の手助けをして下さる七人の仲間です。この世界を救うため、神により召喚されました。」

わたくし、教皇ヘンリー。この名と全権限をもって、勇者様とその仲間の皆様を歓迎いたします。私どもの願いを聞き入れこの世界に顕現なさったこと深く感謝しております。」


 勇者は教皇としっかりと握手する。


「それでは、この世界に不慣れな僕達に、やるべき事とその指針を示して頂きたい。」

「私ども、初めからそのつもりでございました。私にお続き下さい。あなた方の進む道筋をしかとお見せし差し上げましょう。」


 教皇の後ろにレオとテオが並び、ハイトとエオス、僕とエリック、そしてミシェルとヒサコ先生が続いた。


 教会の、小さいとはいえ二列で通る分には不自由しないほどの扉をくぐり抜けると、僕達は大勢の野次馬の歓声と、二つ並んだ青と赤の太陽による強烈な日光に呑まれた。


「この馬車にお乗り下さい。勇者様とあなた方三人は一つ目に、あなた方四人は二つ目に。」


 教皇自身に案内され、僕らは馬車に乗る。ふと、もしかするとこの世界では教皇の地位がそんなに高くないのかもしれないとも思ったが、どうなんだろうか。

 普通は、素性のよく分からない人間を馬車に案内するのは教皇の仕事じゃないと思う。



 馬車は四人乗りで、御者や外とは完全に隔てられている。まあ音は多少漏れるだろうが、話をする分には構わないだろう。


「もしかしたら転移早々乱暴な扱いをされたり、転移した場所にいる人がやたらと怪しいとかそういったこともあるかと思ったが、杞憂に終わって良かった。」

「どこかで聞いたことのある導入だね。ハウエル君。さては私のファンですね?」

「先生の小説を読んだことのない人はほとんどいませんよ。確か初期の異世界転移モノはいつもそんな感じの初まりでしたよね。」

「流石に擦り過ぎたと思って最近は使っていないけど、かなり気に入っている導入だったんだよね。でも、実際はそううまく行かなくはないんだということが分かった。これは使えるね。」


 今回の導入ではストレートに勇者モノになるし、そんなものを書いても時代を逆行するだけだとは、思ったが言わなかった。

 どんなストーリーでも流行らせてきたのがこの先生である。僕にはよく分からない深遠な考えがあるのだろう。


「実は僕も着いた直後に悪いことが起きるんじゃないかって気がしてたんだよね。ほら、僕の予想ってよく当たるからさ、怖くて怖くて。」

「少なからず私達に悪感情を抱いている人はちらほら見えましたね。何があるか分からないので一応無力化していますが。」


 ミシェルは荒事や戦闘が苦手だと言っていたはずだが…


記録聖会アーカイブ的には、武力になり得る技術を持っているとは思われたくないんです。」


 僕の思っていることがおおよそ理解できたのか、ミシェルが言う。

 それにしても、全く気づかなかった。いつ、とかどうやって、とかそういうことは聞いてもいいのだろうか。

 いや、秘密だろうし聞いても教えて貰えないだろう。やめておこう。

 とりあえず、ミシェルのイメージを“なんか怖そうな人”から“怖い人”に更新して…


「なんですか?」


 ミシェルが僕の方を向いて軽く首をかしげる。その動きがどことなく怖く見える。

 目が合った瞬間に骨が軋むような恐怖を覚え、僕が目を逸らそうとして視線を泳がせると、


「可愛い。」


 とミシェルさんは小さく呟いた。僕は精神的安定を失い、どうしようもなくなって窓の外を眺める。

 この感情はなんだろう。照れ?それとも戦慄?パニック?


「何が可愛いんです?」

「今のハウエル君の動きが可愛くて。」

「あら、ハウエル君。モテモテですねぇ。」


 状況を察しているのかいないのか、先生が話に乗っかる。

 経験上分かるが、こういう人たちは僕が何を言っても聞かない。何か言うだけ労力の無駄だ。


「真面目なパーティーの中で一人だけ賭博師って印象悪くね?…僕、役職聞かれたらトレーダーって答えるからよろしく。」


 今までのくだりを見ていなかったのか、エリックが全く関係ない発言をした。



 馬車での道のりは短く、十数分で目的地に着く。


 教皇ではないがそこそこ身分の高そうな人に促され、馬車を下りると、ここは巨大な神殿の中庭のようだった。

 四方には尖塔が立ち、正面には巨大な教会風の建物、左右と後ろにはその少し小さくなったような建物が立っている。


 僕らは案内されて、正面の大きな建物に入る。


 建物の中には中心に穴の空いた巨大な円卓が置いてあり、幾人かの、教皇に似た威厳のある人たちが並んで座っている。

 円卓の中心の穴からは光が漏れ出し、円卓の上空に『少々お待ち下さい。』という文字を浮き上がらせている。


 教皇に続いてレオたち四人が席につき、僕ろも促されて順に席についたところで、僕らを案内してくれた人はどこかに行ってしまった。


「勇者様、そしてその仲間たち、及びに各国の代表の皆様。私の要請に応え、ここにお集まり頂いたこと、まずは感謝します。」


 教皇は立ち上がって言い、そして言葉を続ける。


「ではまず、改めて名乗らせていただきます、私、第三十一代教皇ヘンリーと申します。」


 教皇の隣に座っていた恰幅の良い王が立ち上がる。


わたしはクリム帝国皇帝のリドリック一世だ。」


 続いて隣のやや覇気に欠けた男が立ち上がって言う。


「サカクラ共和国代表の斎藤実さいとうみのると申します。」


 さいとうみのる。名前にしては長いが、どこで切れば姓名になるのかも分からない。変な名前だ。


「ランダシア帝国皇帝、ヨールだ。」


 またその隣の人が立ち上がり、さらにその隣の人というふうに順番に名乗っていく。

 結局、ここに参加しているだけで国が十五カ国あった。


 代表たちが名前を言い終わると、勇者とその一行たちの番、つまり僕らの番である。


「勇者のレオ・ブレイブです。」

「魔法使い、テオ・アークスじゃ。」

 云々。

 

 僕達は立ち上がって役職と名前を言い、全員が立ち上がったところで、その場の流れに合わせて一礼し、席についた。


 レオはいつの間にか苗字を貰ったらしい。教皇への名乗りのときは言っていなかったが、一応、正式な場ということで名乗ったのだろう。

 エリックは宣言通り自分の職業をトレーダーと言い、各人を混乱させていた。


 トレーダーというのは、おそらく運の関わる職業ではあるのだろうが、僕にもどんな職業なのか分からない。

 職場の誰かがその職業のことを馬鹿にしたように言っていたのを聞いたことがあるが、運の関わる職業は馬鹿にされがちな傾向があるから、それ以上のことは分からない。


 運気を高めるとかそういったことは全く原理が分かっておらず、しかも運がどうこうといって人を騙す人が後を絶たないので、運というものは馬鹿にされやすいのだ。



 全員が座ったところで、円卓の中心の文字が変わり、『世界の現状と、それに対する解決案の提示。』と表示される。

 どういう原理で動いているのかと左右を見回すと、僕らを案内してくれた人が部屋の端の暗がりで何かを操作していた。

 あそこに何かしらのからくりがあるんだろう。技術者としてはとても気になる。


 近くの扉が小さく開かれ、会議室に入ってきた人が、数枚ずつ綴じられた紙束を各国の代表と僕達に配っていった。


 

 

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