第4話 転移

 大人数での酒盛りで、親しくなるという大義名分で次の日になるまで酔いつつ雑談し続けた結果、自慢話や恥ずかしい失敗談、はては子供の頃の初恋の話まですることになって、さらには服を脱いだり、壁をよじ登って天井に張り付いたりした人もいた。

 ギルド職員の魔法で酔いが冷めたとき、僕らの間に気まずさが広がって、全員一言も喋ることなくそさくさと家に帰った。


 僕は酔ってるときの記憶が半分ほど消える体質なのだが、その宴会のことは小さなことまではっきり記憶に残っている。


 初めは宴会が今までより楽しかったがゆえに覚えているのだと思っていたが、考えてみると、おそらく、職員の使った魔法に宴会の記憶をはっきりと残すという効果が入っていたのだろうと思う。

 宴会防止にはとても有効で、かつとても悪辣な魔法である。


 気まずい空気で立ち去ったまま、僕らは一ヶ月間一度も顔を合わせることはなかった。その本人の住所どころか初恋の幼馴染の家まで分かっていたというのに。



 僕は一ヶ月間、とある鍛冶師のもとで修行をして、なんとか小片だけならば本職と同じくらいの出来には打てるようになった。

 それに、元から剣や槍などを作る練習はしていない。どうせ一ヶ月ではナマクラ以下の物しか打てるようにはならないからだ。代わりに家で包丁を研ぐ練習はした。

 昨日、鍛冶師の親方に、俺のもとで働かないかと進められた。僕はかなり筋が良いらしい。普通は一ヶ月ではろくに鉄を打てるようにはならないとか。

 まあでも残念ながら断らせてもらった。理由を聞かれたから、異世界で伝説の鍛冶師になるんだと答えたら、大笑いされた。

 あながち間違いではないんだけどな。


 そして今朝に至り、昨日か一昨日あたりに来た通知に書いてあった小さな教会に今、辿り着いた。


 メンツは前回と変わらず、僕が来たときにはウェルネス大司教とレオ、テオ、エオス、ミシェルしかいなかった。

 残りの三人も集合時間前後には来るだろう。

 軽く他人行儀な挨拶をしたあと、エオスが話しかけてくる。


「治癒魔法を試してたら、数時間だけなら狙った記憶をあやふやにできる魔法を使えるようになったの。ハウエルもあの宴会は辛かったでしょうから、あのときの記憶をあやふやにしてあげるわ。」

「僕は遠慮しとこうかな。ハイトがエオスの“初恋のお兄ちゃん”だったとしても僕は全っ然恥ずかしくないし、あの宴会はやっぱり僕らが親しくなるためには必要だったと思うしね。」

「あなた、しばらく見ないうちに生意気になったわね。」

「エオス、服は白くなったけど、おなかの色は黒いままだね。」


 左手の錫杖のようなもので頭を殴られるが、軽く叩いただけのようで、あまり痛くはない。

 それに、その初恋の話で二人の関係は少なからず良くなったはずだし、チームワークから考えるとむしろ残しておいて良いとも思う。


 しばらくすると、目隠しをしたエリックが教会に到着した。


「今日は前代未聞に運が悪かったね。目隠しをしていたのに何のトラブルにも巻き込まれなかったし、時間通りにこの場所についてしまった。」


 その運は多分神が操作したんだろう。


 エリックのすぐ後に、ヒサコ先生を肩車したハイトが到着する。

 エオスの目があからさまに暗くなる。


「疲れたから、近くにいたハイトくんに背負ってもらっちゃった☆」


 ヒサコ先生は言う。

 ちなみにヒサコ先生は年の割に見た目が若々しく、というか幼く、可愛い。しかも愛用の生成きなりの半ズボンの下には何も履いていないらしい。

そう宴会のときに聞いた。

 まあ本当かどうかは、顔を赤くしているハイトがよく知っていると思うが。


「パーティーの関係を悪くしようと画策するのはやめてもらえませんかね。」


 そう言うと、しぶしぶといった感じでハイトを滑り降りた先生は僕の方に来て言う。


「ハウエル君も私を肩車してみたいと思ったでしょ。」


 断じて、思っていませんよ。



 という流れで全員が集まり、ウェルネス大司教が話し始める。


「君たち。もしかしたら一人くらいは来ないのではないかと思ったが、全員集まってくれてありがたい限りだ。今日、ここに集まってもらったのは、神託にて、この教会の講壇上の物全てを正午丁度に転移させるとの仰せがあったからだ。今から…」


「正午まで、あと四時間もありますが。」


「準備が終わりさえすれば、壇上で楽しく喋っていて良い。話を続けるが…」


「昼食は?」


「向こうで用意している場合を考え、こちらでは用意していない。」


「向こうで昼食が出なかったらどうすればいいんじゃ。」


「頼めば出てくるだろう。話を続けるが、今から君たちの荷物を壇上に置いていく。誰かが大量の荷物を持ってきた場合に備えてそういったときの対処も考えていたが、この様子なら、荷物は全て乗りきるだろう。」


 それは良いことだ。


「しかし、いささか荷物が少なすぎるような気がする。特にハウエル君。鍛冶道具と生活必需品はその小さい旅行カバンに入りきったのかね。」


「もちろんです。鍛冶用の服と普段着二着、それに小さい彫金道具とハンマー、設計図が十数枚と筆記用具と石鹸とタオル数枚と非常食の乾パンとバナナとあとはウノしか入っていませんので。あ、缶切りは彫金道具とかでなんとかなるので持ってはいませんが。」


「…そうか。よく分かった。」


 日持ちもしないバナナを非常食としてカバンに入れているわけがないだろうというちょっとしたジョークだったのだが、見事にスルーされた。まさか真に受けているということは無いだろうとは思うが。

 大司教に促され、僕らは教会の中に入る。



 荷物を壇の端の方に置いて、残った約三時間、中心に円座して建設的な話をした。

 一ヶ月で何をしたのか、互いのカバンには何が入っているのか、戦闘員と非戦闘員の区分け、非戦闘員をどう守るか。等々


 そして正午の十五分ほど前になり、ウェルネス大司教の指示で僕らは荷物を持って姿勢を取る。


「待ち望んだ勇者一行が来たときに、一行が円座して雑談していたら嫌だろう。」


 ということだ。確かに、納得できる言い分だ。

 さらに大司教は僕らの配置を並べ替え、鶴翼の陣のような配置にする。

 順番としては左から順にミシェル、僕、ハイト、レオ、テオ、エオス、エリック、ヒサコ先生だ。

 本来なら勇者を中心に立たせたいところではあったが偶数なのでそういうわけにも行かず、高齢なテオをレオのお目付け役や補助役のような、つまりアーサー王に対するマーリンのようなポジションに立たせ、あとは戦闘職を前、非戦闘職を後ろに何となく背の順に並べた形だ。

 なお、エオスは僧侶ではあるが神聖な類の魔法が使えるわけではないので、ゾンビや幽霊などの敵を倒すことはできない。

 まあゾンビは足を壊せば簡単に無力化できるし、幽霊は普通の魔法もよく効くから、大きな問題はないだろう。



 講壇の縁が光り始め、その光は内側に向かって広がり、講壇を覆い尽くす。

 外界と僕らの間に光の壁が徐々にせり上がり、すっかり何も見えなくなった直後、目の前の光の壁は完全に消え失せ、さっきまでいた教会と遜色ない程に小さい教会と、その教会に似合わない豪奢な服を来て、冠を被りつつも、僕らの前に跪く一人の中年の男おじさんがいた。


「第三十一代教皇、ヘンリーと申します。初めまして、勇者様一行の皆様。」


 そう言って、教皇と名乗るおじさんは膝をついたまま僕らに深く頭を下げた。


 教皇とか、もとの世界じゃ写真でしか見たこと無いなと思いつつ、教皇に流されて頭を下げようとすると、ミシェルが背中をつついて制止した。

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