第3話 仲間の詳細

 それから、ウェルネス大司教による計画の説明が始まった。


「…この勅命を教皇が授かったのが一昨日の夜、そして、転移までの期限はその日から数えてちょうど一ヶ月だ。」


 一ヶ月か。長いような短いような、なんともいえない長さの期間だ。


「その間に、教会はレオに戦闘訓練をさせ、勇者に仕立て上げる。」

「もしかして、私は僧侶に仕立て上げられなきゃいけないの?」

「エオス君。話によると、君は治癒の魔法が使えたね。しかも、一時期は地方の教会に勧誘されていたほどの実力だとか。それだけで僧侶としては十分だ。あとはその黒い衣装を教会風の白いものに変えるだけでいい。」


 エオスは色んな感情の混ざったようなため息をつく。


「僕、細工師の修行しか積んできて無いので、鍛冶は専門外なんですが。」

「頑張り給え。」


 返答が投げやりに過ぎる。頑張れというのは、今から鉄を打つ練習をしろということだろうか。そんな無謀な。


「俺はそのままで良いか?」

「ハイト君は身なりを少し整えてくれればいい。全身の装備を新調するための金はここにある。受け取れ。」


 ウェルネス大司教はハイトに重そうな袋を渡す。


「私は?」

「ハヤマさん。あなたにはウクレレを用意した。吟遊詩人として、ある程度は弾けるようになってもらいたい。もとはアコーディオンにしようと思っていたのだが、あなたには重かろう。」

「助かります。一ヶ月で弾けるようにしましょう。」


 ハヤマにウクレレが渡される。


「僕はなんかあるかな?」

「エリック君はそのままで良い。いつもどおり運気を高めといてくれ。」

「私もいつもどおりですか?」

「ミシェルさん。その通りだ。」

「儂は。」

「テオさん。あなたも特に何かをする必要はない。ただ、異世界で死ぬことになるかもしれない。一ヶ月で心や身辺の整理をしておいて欲しいです。」

「儂はまだ大丈夫じゃ。」


 テオは力強く言う。


 異世界について何か事前情報はあるかと聞くと、言葉は通じるし文字は読めるようになるという返事が帰ってきた。それは助かる。


 その他、ウェルネス大司教は色々な質問を受けて、返答していた。

 中には有益な情報も多くあったが、異世界に行ったあと、そのつど確認すれば良いだろう。一応メモだけしておく。


 質疑応答のあとすぐにウェルネス大司教は立ち去り、僕達はギルドの職員に出前してもらった昼食を取りつつ、詳しい自己紹介をし合う。


「改めて、このたび勇者になりました、レオといいます。年は十八、まだまだ子供ですが、皆さんの協力を得ながら頑張っていきたいと思います。」

「堅苦しいぜ、坊主!」

「大声を出さないでくれませんか?うるさいので。」

「あ?」


 レオは真面目そうだ。顔もいいし、どことなく勇者に向いていそうな感じだ。

 それと、ハイトとエオス。この二人が仲良くなるのは難しそうだな。まあ、この不仲の原因になった出来事は置いておくとするけれども。


「仲間の中に二人も気に食わない人がいて、私は悲しい。論理を学んでいたのに神によって僧侶にされたエオスです。」

「俺も同じ状況だな。ああ、たまらなく悲しいぜ。」

「は?なんですかあなた。」


 ハイトはそこでなぜ突っかかるのか。仲間内で喧嘩でもしたいのか?


「儂はテオ。昔も今も変わらず魔法使いじゃ。齢九十二の年月のうち半分は攻撃魔法をきわめるために費やしておる。戦闘になったら任せなさい。」


 絶対強い。もはやハイトとテオの二人だけで異世界に行けばいいんじゃないか?


「今回、記録者になりました、ミシェルです。特技は姿、気配、音を消すことと瞬間移動ですが、戦闘や荒事の類は苦手です。実は大帝直属の隠密の長が自分の部屋の隠し棚に入れて大事に飲んでいる高級な酒をこっそり飲んだことがあります。…もちろん、他言無用ですよ?」


 大帝というのは、この世界にある五大陸のうち二大陸と少しを手中に収める最大の帝国を作り上げた王のことだ。少し前に老衰で死んで大きなニュースになった。

 その功績の裏には直属の隠密が大きく関わっていると言われていて、隠密の長は悪魔だとか聖の化身だとか言われていたはずだが。


「めちゃくちゃ勘の鋭いただのおっちゃんでしたよ。」


 とのことである。ソースは目の前の優しそうなお姉さん。

 見た目だけなら僕より二、三歳ほど年上なだけだろうが、雰囲気が明らかに見た目通りの年齢でないことを物語っている。


「鍛冶を一回もやったことがない鍛冶師ハウエルです。細かい作業なら人並みに出来ます。改めてよろしく。」

「若者が卑下するでない。お主が十二歳のとき、ニキロ先まで正確に弾が届く石火矢を作ったのは有名な話じゃ。」

「石火矢じゃなくて鉄砲です。それに、それはもう過去の話なので。」


 確かに僕は十二のときにそんな武器を作ったが、偶然夢で見た機構を作ってみたら上手く弾が飛んだだけであって、それ以降何か画期的な機構を思いつくこともなく、その鉄砲も弾もコストの割に不便だということが分かり、一発屋少年one shot boyなどという不名誉なあだ名が付いたりもしたんだ。

 僕の鉄砲に一発ずつしか弾が入らないのと掛けたとか。誰がうまいこと言えと言った。

 つまり、簡単に言えば黒歴史なのだ。


「申し訳ないですがその話はめませんかね…」

「物の価値の分からない無能共に恐縮することはないぞ?」

「いえいえ。」


 魔法使いの仕事が無くなるなどと言って、あなたが激昂しながら家に怒鳴り込んできたのはよく覚えていますよ。


「俺はハイト。一振りで小山を吹き飛ばしたことから、山のハイトと呼ばれている。」


 おおこわっ。


「それで謹慎させられて、冒険者をやめて訓練所に務めるようになったのよね。よく知ってるわ。くれぐれも私の前では剣を振らないでちょうだいね。」

「誰がお前の前で剣なんか振るか。後ろから敵もろとも吹き飛ばすだけだ。」

「あら、この方は味方を容赦なく攻撃するらしいわ。怖いことね。」

「お前、さっきと口調が全然違うぞ?もしかして上品ぶってないか?」

「チッ」


 怖や怖や。この二人の間には絶対入りたくないな。


 ジャカジャカジャン。


「あ、ウクレレ弾けたわ。教本は買わなくて良いかしらね。あ、私はヒサコ。よろしくね。」


 今初めてウクレレの音を聞いたんですが、いつ練習したんですかね。


 ハヤマ・ヒサコは今世紀最高の詩作家にして今までで最も詩作聖に近い人と言われている。

 役職は何とかとかいう小さな雑誌の編集補佐だったか、自由に生きるために昇進を断り続けていると聞いたことがある。

 なのになぜ、今回の計画に参加したのだろうか。


「そこの君、今、昇進とか変化を好まない私がなぜ今回参加したのかって疑問に思ったでしょ。それはひとえに、異世界に行ってみたかったからよ!」


 なるほど。作家として素晴らしい心持ちだなあ。


「最後は僕、エリックですね。運気を高めて三十年。六歳の時から博打やってました、三十六歳のエリックです。サイコロで狙った目は誰が振っても五割二分三厘の確率で出ますよ。これはキューブの中でも十本の指に入る高確率です。」


 エリックは六つサイコロを振り、全ての目を六にした。


「ちなみに、自分で振れば十割です。これはキューブの管理職の基本技能ですよ。」


 それはイカサマではなかろうかと僕は思ったが、それは言わないことにした。


 ギルド職員に聞いたところ、今日一日この部屋は貸し切りだそうで、渡された、この部屋のものを壊したら七人の割り勘で弁償するという誓約書にサインした後、僕らは酒盛りを始めた。


 テオ・アークスはこっそりと、部屋の壁に結界を張った。

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