第2話 仲間

 大男が得意げに親指を立て、それを見た黒ローブの女性が忌々しげに大男を睨みつけた。

 その直後から一時間ほど、僕の記憶は無い。

 ただ、女性に長い長い説教をされたのは覚えている。


 女性は論理聖会の職員だったらしく、大男に自分の所属と名前を高らかに名乗って、元々向かっていた方とは逆側に歩いていった。

 大男の方は冒険者ギルドの職員だったらしく、女性の背中に自分の所属と名前を叫んでいた。

 僕は水分不足や説教などによる疲労のせいで意識が朦朧としていたので、大まかな所属しか聞き取ることができず、彼らの名前も分からなかったが、どちらの役職にも『補佐』の二文字が聞き取れて、もはや嫌な予感しかしなかった。


 すぐ近くにあった店で割安の果実水を買って数十秒で飲みきり、ため息をついて汗を拭いつつ少しだけ歩いて、やっとこさ冒険者ギルドを確認する。


 冒険者ギルドは石造りの重厚な建物で、入り口が広い。おそらく討伐した大きな魔物などをすぐに持ち込めるようにしているのだろう。

 魔物は無駄になる部分が少ないから、冒険者ギルド側からすれば、できるだけそのままの状態で持ってきて欲しいのだろう。

 そのための配慮だとおもう。

 中にはいくつか並んだ受付と順番待ちのためのものらしきベンチが見える。

 しかしベンチはほとんど空いていて、受付も二箇所しか使われていない。

 昼間は街の外にいる冒険者が多いのだろう。人間は大抵昼のほうが元気だし、魔物は夜行性っぽい気がするから、安全な昼間が主な活動時間になるんだろうな。


 そんな感じに背景事情を考えていたら、突然頭痛がしたので、家に帰ることにした。

 僕は頭痛持ちではないが、疲れているときに無理に頭を使ったせいで頭が痛くなったのだろうか。


 しばらく道沿いのベンチに座ってのんびりし、日が陰ってきていくぶん涼しくなった頃に帰宅した。


 ◇◆◇


 次の日はあいにくの雨であり、結局夜酒をしたので眠く、外に出るのも憂鬱ではあるが、傘をさし普段より少し重いカバンを手に持って家を出る。


 雲のせいか未明のように暗い道を歩き、冒険者ギルドの近くまでくると、篝火や青白い魔法灯などが点いていて、とても明るい。

 大声で叫んでいるような声も頻繁に聞こえる。

冒険者は朝が早いのか、もしくは徹夜で飲み明かしているのかもしれないが、この時間帯は活気があるんだなと思う。


 僕はそんな活気に打たれつつ、冒険者ギルドに入り、受付に向かう。


「何のご要件でしょうか。」

「工作聖会のハウエルと申します。朝八時にここに呼ばれていたんですが、どうすればいいんですかね。」

「ハウエルさんですね。連絡は受けています。そこの左端に通用口があるので、そこまで来てください。私が案内しますね。」


 言われたとおり通用口に向かい、そのまま受付の人に付いていく。


 奥に入り、一つ左に曲がると下に続く階段があり、そこを下る。

 一階分下ったところで階段から続く通路に向かう受付の人の後に続くが、明らかにさらに下まで階段が続いている。

 地下階ならまだしも、地下二階というのは見たことがない。

 どんなふうになっているのか少し気になったが、今は仕事の方が優先だから後で機会があったら行くことにする。


 受付の人はi-xiiと書いてある扉を開けて僕を中に促す。地下一階の十二番目の部屋だ。

 中には何人かの人が集まっているのが見える。

 僕が中に入ると、後ろで扉が閉められた。


 僕を睨みつける一対の視線と友好的な四対の視線を感じつつ、とりあえず挨拶をする。


「はじめまして。工作聖会外務局協調部もと部長補佐のハウエルです。」

「元?…君はクビにはなっていないはずだが。」

「え、そうだったんですか?」

「ああ。」


 話しかけてきたのは一番の上席に座る恰幅の良い男。この街の教会の大司教、トマス・ウェルネスである。


「“はじめまして”。学院の外務局長補佐、エオスよ。」


 やたら“はじめまして”を強調して自己紹介したのは、昨日の黒ローブの女性である。

 学院というのは確か論理聖会の通称だったはずだ。


「この度はどうも。」


 適当に返答しておく。


「儂は結社のテオ・アークスじゃ。よろしく。」


 結社は魔法聖会の通称である。

 それにしても、テオ・アークスが出てくるとは、今回はそんなに大事おおごとなのだろうか。もしくは本当にランダムで選ばれただけなのか。


 一応紹介すると、テオ・アークスは御年九十二歳の結社の重鎮で、結社の社長補佐のうちの一人。

 昔はただのテオという名前だったが、四十五歳で社長補佐に選ばれたとき、その功績を称えて社長からアークスという苗字をもらったらしい。

 それから四十七年間社長補佐を務める、結社の最古参の一人である。


「教会のカイエン市支部長補佐、レオです。よろしく。」


 次に挨拶したのは僕より七、八歳は若そうな青年。

 カイエン支部か。あそこには僕も行ったことがある。教会の中では珍しく根っから良い人の多い印象で、とくに支部長が優しい人だった。たしか役職は司教で、名前はペテロと言っていたかな。実名と洗礼名の違いとかそういうことはよく分からないが。


「アーカイブ副会長補佐のミシェル・ポルポラよ。それと、聞き慣れないかもしれないけど、アーカイブっていうのは最近記録聖会が広めようとしてる通称だから、慣れてね。」


 副会長補佐か。名前は聞いたことがないが、かなり大きな役職の人が来たな。


 席に座っていた五人の自己紹介を聞いたあと、僕も席につく。


 しばらくしてまた扉が開き、二人入ってくる。


「はじめまして。キューブこと運聖会のエンガー支部長補佐、エリックですよ。」

「チッ、いくつか見たことのある顔があるが…よろしく。ギルド訓練部部長補佐、山のハイトだ。」


 運聖会はその信奉する運の象徴であるサイコロから取って、自らをキューブと呼んでいる。

 また一度だけ行ったことのあるキューブの本部もサイコロをイメージしたデザインで、全面黒大理石の六階建てかつ正方形の建物は圧巻だった。


 冒険者ギルドを略してギルド。確かに分かりやすい響きである。

 二つ名の『山の』というのは、その巨体からついたのか、もしかしたら山男だということを示しているのか、有名な冒険者は総じて何かしらの二つ名が付いているものらしいから、ハイトも元は有名な冒険者だったのだろう。

 この男とも昨日会った。


 さらにしばらくして、八時を五分ほど過ぎた頃、最後の一人が入ってきた。


「どうもどうも。寝坊しました。遅れてすいません。初めまして。ハヤマ・ヒサコと申します。詩作家です。」


 分厚い眼鏡にやせ細った体躯、ヨレヨレな生成りのシャツにズボン。かの有名な冒険詩作家、ハヤマ・ヒサコだ。



「全員が集まったところで、今回、君たちをここに呼んだ理由を説明しよう。」


 ウェルネス大司教が言う。

 今のところ、集まったメンツに一切関連が見られないので、僕は全く呼ばれた理由が分からない。


「君たちには、勇者一行となり、魔王を討伐してきて貰いたい。」


 勇者?魔王?…僕には全く縁のない話というか、この世界に魔王が現れたとか、そんな話も聞いてはいない。そもそも魔王ってなんだ。何かの王であることは間違いないと思うが、あまりなじみのない言葉だ。


「実は、神同士の条約のようなもので、一方の世界が滅亡しそうなときにはもう一方の世界から勇者を召喚し、その力をもって世界を安定させる義務がある。」


 文脈から考えるに、勇者が魔王を討伐することで、何らかの形で世界が安定するということか。と、その前に…今確かに、神同士の条約と言ったが、それはどう意味だろう。


「神というのは世界で唯一の存在ではないんでしょうか。」

「この世界では唯一だ。神は一世界に一柱、そう決まっているからな。」

「つまり、別世界には別の神がいるという事ですか?」

「ああ。」


 初耳だ。異世界というものが現実に存在したなんてことを今初めて聞いたばかりで頭が混乱しているのに、神が複数いるとは、どういうことなのだろうか。

 もしかして神話に出てきた亜神のことを神と呼んでいるのか?


「それで、勇者一行とはなんなんでしょうか。あと、なぜ僕達が勇者一行として選ばれたんでしょうか。」


レオが訊く。


「勇者というのは魔王を討伐する人間のことで、勇者一行というのは勇者とその勇者についていく人をひとくくりにした呼び名だ。そしてなぜ選ばれたかということについてだが、それは神の御意向だ。私には知り得ない。」


「この中の誰が勇者なんですか?」

「レオだ。」


 教会所属のレオか。まあ、当たり前といえば当たり前のような感じだ。


「神の御意向ゆえ、私は君たちの拒否権を認めない。ここで君たちに新たな役職を与え、任務を遂行するよう命令する。」

「えー?」

「エリック君は状況をよく見給え。」


「勇者、レオ。」

「はい。」

「魔術師、テオ・アークス」

「はいな。」

「戦士、ハイト。」

「ああ。」

「僧侶、エオス。」

「え?」

「エオス君。君の役職は僧侶だ。」

「…はい。」

「賭博師、エリック。」

「はいはい。」

「吟遊詩人、ハヤマ・ヒサコ。」

「はい。」

「鍛冶師、ハウエル。」

「はい。」

「記録者、ミシェル・ポルポラ。」

「はい。」

「以上の八人を教皇直轄、勇者一行とし、異世界にて魔王討伐の任を命ずる。良いな。」

「「「はい。」」」

「今日から君たちは仲間だ。仲良くやるように。」


 大司教は僕らに、まるで子供に投げかけるような励ましの言葉を掛けた。

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