三法と四技
AtNamlissen
第1話 プロローグ/設定
はるか昔、時や光の概念が生まれた頃。
膨大な熱を持つ八柱の存在が、この世界の覇権を巡って争った。
そして、その争いによって七柱の存在は死に、秩序の存在だけがこの世界に残った。
秩序は自身を神と名乗り、七柱から奪った力をもってこの世界を作り上げ、支配するようになった。それは秩序が存在し始めたときから知っている己の役目だった。
また神は偉大な七柱に敬意を示し、彼らに由来する七つの概念をこの世界に残した。
それが『
神に倣い、我々はこれらを司っていた亜神を崇拝すべき『
◇◆◇
以上は、有名な神話物語の始まり部分だ。
神話の言葉の通り、僕らの暮らす世界には八つの巨大な組織が有史以前からある。
それらのうち一つは教会、残りの七つは混沌聖会、運聖会、魔法聖会、論理聖会、記録聖会、工作聖会、詩作聖会と呼ばれる。名前の通り、これらは神と七柱の聖を中心に据える巨大な組織だ。
各組織は互いに付かず離れずの関係性を保ちつつ、人間の業と言うべきかなんというか、各組織の優劣なんかを暗黙に決めてたりする。
そして、人々のほとんどはこれらの八つの組織のうちのどれかに属している。
そして、人間によって構成されている組織ゆえ、組織には必ず、管理する人が存在している。僕もそんな人の一人だ。
◇
「ハウエルくん。」
後ろから掛けられた声に僕は振り向く。
「ちょっと話があるから、部長室まですぐに来てくれ。」
にこやかにそう言って立ち去った女性は僕の上司のエリス部長だ。
どうせすぐに行くのだからこの場で少しくらい待ってくれても良いだろうにと思いつつ、また、いつものことだと諦めつつ僕は部長室に向かう。
扉を叩くと、入れという声が帰ってくるので中に入る。
「なぜここに呼んだか分かるか?」
部長はにこにこしながら言う。
僕は同じ理由で何度も、二週間に一度くらいはこの部屋に呼ばれているので、何の話かは何となく分かる。
「進捗報告ですね。」
そう僕は返す。
僕をからかいたいのか何なのか、部長は僕を頻繁に部屋に呼んでおきながら、大したことは聞かない。
普段から密にコミュニケーションを取っているのだから今僕が何の仕事をしているかは確実に把握しているのに、この人は絶対初めに進捗について訊くのだ。
「申し訳ないが違う。ハウエル部長補佐。」
違うのか。部長が僕のことを役職付きで呼ぶことはほとんどないが、多分、真面目な話をしようとしているのだろうと察しをつける。
この人は表情がニコニコかニヤニヤに固定されてるから、顔を見ても何を考えているかさっぱりわからないんだよな。
部長は言葉を続ける。
「君は今日でこの部署を離れ、混沌聖会のもとで任務についてもらうことになった。」
混沌聖会…通称『冒険者ギルド』と呼ばれ、人生の混沌を望む冒険者の支援を主にしている組織だ。
直接関わったことは無いが、筋骨隆々で血気盛んな猛者や誰にでも攻撃する倫理観に欠けた人間が所属していると聞いたことがある。
なぜ、工作聖会の中でも特に弱々しい人間と自負している僕がそんな危なそうなところに行かなければいけないのだろうか。
そんな思いを込めて僕は言う。
「なんで僕なんでしょうか。」
「上からの指示だ。私も君は明らかに向いていないと思うが、これは私にはどうすることもできない。局長によると、各聖会に加え教会をも含めた総意らしい。」
「そんな…顔すら見たことないような人たちが僕の配置を決めたってことですか?」
「当たり前のことだが、そういうことになる。お前は入会したとき誰が所属部署を決めたと思っているんだ?」
「まあそうですけど、希望くらいは出せましたし、希望通りの部署に配属されたんであまり意識もしてませんでしたね。なぜ僕が?」
「それは想像もできないほど上の人間が考えたことだから分からない。といっても局長によれば、補佐という役職についている人から抽選で選んだんじゃないかということだ。補佐役というのは優秀な割に認められづらい。異動するのにはもってこいだと思われたのだろう。」
「なんて理不尽な。」
「組織なんてそんなものだ。諦めろ。」
部長にそう言われてしまえば何も言い返せない。しかし聞いておかなければいけないことはあった。
「では、仕事の引き継ぎはどうするんですか?」
「私が誰かに引き継ぐ。君のここでの最後の仕事は、家に帰って明日からの準備をすることだ。明日は朝八時に混沌聖会のこの街の支部だそうだ。」
この仕事はやりがいもあって楽しかったのに、務めてたった五年で異動になるとは。
本来なら組織をまたぐような大きな異動はないはずだし、あったとしてももっと前から通知があるだろう。
「済まないが、私も今日聞いたのだ。それに、局長もさっきそう言って憤慨していた。たった五年で部長補佐まで上り詰めた有能な部下を失うのが辛いとも言っていた。」
部長はにこにこしながら言う。
「ここまで僕を引っ張って下さったのは部長です。…しかし、僕が異動するといっても顔色を全く変えないあたり、部長は僕のことを特に必要な部下だとは見ていなかったんですね。ちょっと残念です。」
ちょっとした皮肉を言ってしまったが、最後くらいは許されるだろう。僕は部長室を出て、自分の机の上の資料を部長の机に無造作に置くと、ほとんど何も入っていないカバンを持ってそのまま外に出た。
その間、部長は部屋から出てくることはなかった。
外はまだ明るい。当たり前だ。僕はついさっき昼食をとったばかりである。
理不尽に対する怒りに似た困惑や、次の仕事への漠然とした不安をごまかすために、家に帰って溺死するほど酒を飲みたい気分だったが、明日朝八時に遅刻しても嫌だ。それに冒険者ギルドにも行ったことがないので、一応どんな場所か見ておかなければならない。
雑貨屋に行って地図を買い、雑貨屋から街をほぼ横断したところにあった冒険者ギルドのカイエン支部に向かう。カイエンというのはこの街の名前である。
今日は春中盤とはいえ、風が少なく、日が照っているのでとても暑い。
そんな中、歩いて三十分は掛かる道のりを進む。
汗をかき、疲労をためつつ、徐々に治安の悪くなりつつある大通りを進む。
今こんな場所で気の荒い冒険者やなんかに絡まれたら死んでしまいそうだ。
そう思っていたら、目の前を歩いていた大男の腕に肩がぶつかる。
「おい、兄ちゃん。」
大男にそう声を掛けられ、体が震える。
「ああ。何だ?」
嗚呼。緊張のあまり、不本意に生意気そうな返事が出てしまった。
「なんだ?その返事は。お前からぶつかって来たんじゃねえのか?」
何かを答えようと思うが、口が動かない。これは明らかに不正解択を引いたな。
大男の圧に負けて、僕は一歩後ずさる。
「喧嘩売っといて逃げ腰か?おい。」
大男は僕を威圧するように顔を近づけてくる。怖い。どうすればいいのか分からないまま、僕は小さく呟く。
「す、いません。」
「ああ?なんて言ってんのか聞こえねえな?」
僕はさらに二歩後ずさり、また誰かにぶつかる。
僕は後ろを向いてすぐさま頭を下げる。
「すいませんっ!」
「いいわよ。」
目の前に立っていたのは明らかに暑そうな黒いローブと角帽の若い女性だ。
五十センチほども身長差のありそうな大男を睨みつけていて、とても気が強そうな感じ。
一方で大男の方も女性を睨みつけていて、空気が固い。
どうにかこの二人の間から抜け出したかったが、隙間が狭すぎて、上手く抜け出せそうにない。
「あなた、自分より何倍も弱そうな相手を威圧したりして、恥ずかしくないの?」
「俺はただ、こいつが俺にぶつかってきたのに謝りもしないから、ムカついただけだ。」
「そうなの?」
二人の目線が僕の方に向く。威圧感が二倍になって体が硬直しても案外首だけは少し動くようで、はっきりと、僕は首を縦に振ってしまった。
嘘はついたほうがいいときもあるが、咄嗟に嘘は出てこない。
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