第17話 天敵の男
一仕事終えて、ヒルデガルトは休息を取ることにした。朝まで隠し通路で眠ってから、鼻歌を歌いながら町へ出てきた。それを待ち受けていたかのように、声を掛けたものがある。
「探しましたよ。ヒルデガルトさん」
「……!?」
人間の男の声だった。
初対面の人間が自分を視認し、自分の名を知っている。ということは……まさか。
「あなたは……!」
ヒルデガルトは大きくとびすさって、その男を見た。貧相で背の低い男だ。すかさず魂の気配を探る。この魂には、見覚えがあった。暗く淀んでいて、ぴりぴりと嫌な空気感を纏っている、そんな気配だ。
「お初にお目にかかります。僕は心霊術を会得しております、ギュンター・ローテンベルガーという者です。よろしくお願いします」
「やはり……心霊術士!! また私を封印しに来たんだな!?」
ヒルデガルトの宿敵の一族、心霊術士。近くに来たのは感じていたが、とうとう出会ってしまったか。
「あなたの好きにはさせない。今度は返り討ちにしてやる……!!」
しかしギュンターは胡散臭い笑みをにこにこと浮かべたままであった。
「いや、その前に、二つ三つ、聞いておかなければならないことがあるんでね」
「あなたに話すようなことはない!」
「まあ、まあ。私は聞きたいんですよ」
それからギュンターは、ヒルデガルトの思いもかけない言葉を口にした。
「壁の落書きでのポルターガイスト現象。あれはお前の仕業ですね」
ヒルデガルトは間髪入れずに「ハア!?」とギュンターを睨みつけた。
「何のことだか分からないな。頭でも打ったのか?」
「とぼけても無駄ですよ。現実に物を動かせるほどの強力な力を持った幽霊というのは、『白い貴婦人』以外には考えにくい」
「ポルターガイスト現象なんて本当に起こったのかよ」
「とぼけても無駄だと言っているでしょう。調べはついています。証言もとりました」
「ふーん」
ヒルデガルトはギュンターから目を離さずに言った。
「私の他にも強力な幽霊が誕生したんだという可能性は思いつかなかったわけ」
「その可能性も僅かにあります。しかしお前に一番嫌疑がかかるというのは、妥当な判断だとは思いませんか?」
「……まあ、仮に私が犯人だったとして、それが何か? あなたには何も関係ないことでしょう」
「まあ、そうなんですけどね。依頼が入ったので、そうも言っていられないのですよ」
「依頼……?」
「ええ」
ギュンターはすまし顔である。
「ゲシュタポの方が、ポルターガイスト現象について知りたがっています。私には報酬をたんまりくれるそうですよ。私も生活が懸かっていますからね、依頼をお受けしたというわけです」
「げえっ」
ヒルデガルトは盛大に顔をしかめた。
「つまり、あなたは私の敵で、しかもナチスの仲間であるって訳ね」
「そういうことになりますね」
「ふーん」
ヒルデガルトは、今度はニヤリと笑んだ。
「そりゃいいや。ぶっ殺すのにためらわなくていい」
ギュンターは顔色を変えない。
「それで、どうなんですか? ペンキやビラを念力で動かしたのは、お前なのですか?」
「私じゃないよ」
「お前は『白バラ』とやらに協力しているのですか?」
「知らないよ、そんなの」
「彼らのアジトはどこなんですか? メンバーは誰ですか?」
「知るわけないだろ」
「……まあ、構いません。お前が帝国の敵だということが分かっただけ、良しとしましょう」
ギュンターはポケットをごそごそと漁って、ロザリオを取り出した。
ヒルデガルトも見覚えのあるそれは、幽霊の討伐に使う由緒ある十字架だ。
ヒルデガルトはハッと身を固めた。
「悪いですが、お前にはここで封印されてもらいますよ」
「断る!」
「ならば強制的に封印するまでです」
ギュンターはロザリオを顔の前に掲げ、構えを取った。
「神ノ御名ニオイテ、封印ノ儀ヲ実行スル。死者ノ霊ヨ、地獄ノ炎デ悔イ改メヨ」
ヒルデガルトの頭上に、黒い闇が出現した。
それは瞬く間に広がって、半球状にヒルデガルトを覆い尽くしてしまった。
ヒルデガルトの周囲は暗闇に閉ざされた。
「……うっ」
身に覚えのある圧迫感。
封印されていた時に感じた、締め付けられるような、つらく、苦しい感覚。
それが、どんどんとヒルデガルトを縛ろうと迫ってくる。
……だが、こんなもの。
「負けるものかァッ!!」
ヒルデガルトは手を真上に伸ばした。念力を集中させる。
「オラァッ!!」
手を振り下ろした。ヒルデガルトの念力に従って、闇が引き裂かれ、弾け飛んだ。
ギュンターはやや目を丸くした。それから、ロザリオを握りしめて、──とっとと逃げ出した。
「待ちやがれェ!!」
しかし、弾き飛ばした闇の残滓が、ヒルデガルトの足にまとわりついた。
「むっ」
ヒルデガルトが手こずっている間に、ギュンターはその場を後にしてしまった。おそらく車とやらに乗ったのだろう。気配が急速に遠ざかっていく。
「ふん。程度の低い心霊術士だな」
ヒルデガルトは闇を蹴っ飛ばして踏み潰しながら言った。
「我が天敵も、百年のうちにあそこまで衰えたか。ヒヒッ、愉快なことだ」
精霊たちが心配そうに寄ってくる。ヒルデガルトは彼らに手を差し伸べて、優しく出迎えた。
「だが、やつに見つかってしまったのはまずい。しかも『白バラ』の活動がナチスのやつどもにバレる危険性が跳ね上がった。……しばらくはあの子たちと会わない方が良さそうだ……」
ヒルデガルトは俯いた。
折角自由の身になったのに、今度はコソコソと隠れていなければならないとは。まことに心霊術士というのは鬱陶しい存在だ。可能ならば殺してしまいたい。だが、戦いにおいて幽霊は心霊術士に対して圧倒的不利である。無闇に接触をするのは利口とはいえない。
「ああ……仕方ない。封印されるよりはましだ。大人しくしていよう……」
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