第2話 謎の人物


 次の日。


 俺はいつもより少し遅い時間に起きた。いつも通りの朝。昨日美月に送信したLAINを確認する。既読がついていない。昨日用事があると言っていたし忙しいのだろうと思い、俺は本棚から1冊の小説を取り出し、タイトルに目を向ける。



『余命半年』



 これは俺の父である日下部ひろしが執筆した小説なのだが、父が学生時代に体験したことを書き留めたものなのだそうだ。幼なじみの日暮ひかりさんが病気で亡くなるまでに2人で過ごした日々の日記みたいなものと父は言っていた。やることもなく暇なので読んでみようと思い、本を開く。小説に見入っていると、とあるセリフに目が止まった。


「もし、もう一度あの人に会えるなら、あなたはどうしますか?」


 何だこの胡散臭いセリフは。父は真面目な性格で、こんなくだらないことを書く人ではない。自分の幼馴染のことになると尚更だ。俺もこんな子供だましみたいなことは信じる年齢ではないが、妙に惹かれるものがあった。単なる好奇心なのか、それともなにかの暗示なのか。俺にはわからなかった。知りたいとも思わない。



 ─────。



 最後まで目を通し本を閉じた。率直な感想は、、、


「…くだらない」


 本当に父が書いたものなのかと疑うくらいに非現実的な内容だった。物語的には面白いのかもしれないが、リアリティがなく、とてもノンフィクション作品とは思えない。良くいえば、ラノベ作品を読んでるみたいだった。


「本当にくだらない。」


 ─────。


 午後になって日差しが強くなり汗が滲む陽気になった。出来れば家に引きこもってFPSゲームでもしたいところだが、欲しいラノベのサイン本があるためアニランドに行こうと身支度を整え、家を出た。やはり暑い。すごく暑い。タオルで汗を拭い駅に向かう。駅に近づいてきた頃、遠くで救急車両や警察車両のサイレンが鳴り響いていた。


 ─────。


 目当てのサイン本も手に入れて、満足した俺は家に帰ろうと思い、母に連絡を入れようとスマホを開く。すると母から不在着信が7件も入っていた。何事かと思い、母に折り返しをかける。すると突然母が喉が引きちぎれんばかりに叫んだ。


「今どこにいるの太陽!!!美月ちゃんが!!!!!」


 普段落ち着いた性格の母がここまで取り乱すなんて相当な緊急事態だ。


「何があった!?」

「説明してる暇ないから早く……に来て!!」


 母が鬼気迫る声で叫ぶ。場所をマップで確認する。ここからはかなり遠かった。走ってだと30分はかかるだろうか。悩んでいる暇なんてない。早く行かなければ。俺は母に送信された場所へと走る。荷物なんて忘れるくらいに必死に走った。









 そして、たどり着いた先は病院だった。









 ─────。


 それから何があったかは覚えていない。俺は気がついたら自分の部屋に戻っていた。ただ、今日あったことでただ1つ覚えていることがあった。それは、



 ───美月が死んだ。



 用事があると午前中に家を出て、事故のほんの5分前に、今から帰る。という連絡を最後にして暴走した自動車に跳ねられたらしい。かなりスピードを出した車が歩道に突っ込んできて、美月は車とガードレールの間に挟まれ、救急隊員が到着した頃には手の施しようがなかったらしい。


「なんで…」


 昨日まで……あんなに元気だったじゃないか………

 まだあいつの口から秘密のことも聞けてない。これから作るはずだった思い出も、起こるはずだった出来事も何もかもすっ飛ばして死ぬなんて卑怯だぞ。


「俺はまだお前に言い足りない文句が沢山あるんだよ。まだ、、、まだ俺はお前に、、、、」

「くっ…うぅ……っ……ぁぁ………!」


 そこから先は声にならなかった。今まで腐れ縁だとしても、10年一緒にいたんだ。俺はいつの間にか美月のことを家族以上の存在だと感じていた。いつも鬱陶しいだとか迷惑だとか言っていたが、俺は美月が好きだった。いつの頃からか俺はその気持ちに蓋をしてしまった。いや、そんなの嘘だ。分かりきっている。俺は中学生の時美月に告白しようとしていた。小学生の頃から誰にでも優しくする美月に、俺は、、、恋をしていた。



 ───だが、その美月には好きな人がいた。



 それは、俺の兄である日下部光輝だった。

 あいつは俺より、勉強もスポーツも恋愛も、何もかもが優れている。正直、勝てるわけがない。無理ゲーだ。それを告白当日に美月と一軍女子が話しているのをたまたま聞いてしまったものだから、俺は美月への恋を諦め、その気持ちに鍵をかけ固く閉ざしてしまった。親友やら友達なら、そいつらはこう言うだろう。


「諦めるな。」


 でも俺は、そんな綺麗事なんていらない。俺はただ諦めるんじゃない。諦めるしかなかったんだ。そんな取ってつけたような薄っぺらい文章を並べられたところでどうにかなるものじゃない。僕と兄の間にはそれだけ大きな溝があった。


 それからというもの、俺は、わざと美月に冷たくしたり、よそよそしくして、遠ざけて嫌われようとしていた。諦めても諦めきれなかった恋を本当の形で諦めさせて欲しかった。そんなことをしていたら、いつの間にか、好きなはずなのに、あんなやつ迷惑だ、鬱陶しいという感情に変わってしまっていた。


「俺は…あいつに何も伝えられないまま、何も出来ないまま……」


 何時間も美月や自分への文句を垂れ、目や鼻をを真っ赤にしてボロボロになった心を痛めつけていた俺だが、いつの間にか意識が新月の暗闇に落ちていた。


 ─────。


 夢なんか久しく見ていなかったのに、今日に限って夢を見た。


 そこは、誰もいない静かな場所だった。霧がかかっていて分かりづらいが、ここは俺たちが通っていた中学の屋上だ。呆然と立ち尽くしていると、霧の中から見慣れていた影が姿を見せた。



 それはセーラー服を身にまとった中学時代の美月だった。



「太陽。ごめんね。」

「…は?」



 なんでお前が謝るんだよ。謝るべきなのは俺なんだよ。理解し難い彼女の言葉に動揺しているとまた彼女が口を開く。



「何も言えないまま死んじゃってごめんね。」

「ふざけんなよ。」

「もう時間がないや。太陽、またね。」

「おい待てよ!!俺もまだお前に…」



 ゆっくりと霧の中に消えていく美月。俺は必死に手を伸ばし掴もうとするが、その手は届かなかった。


「クソっ!!!!!」


 絶望で膝を着いている俺の前に、突然人影が現れた。気配に気づいた俺は顔を上げる。すると、顔立ちが整った綺麗な女性がそこには立っていた。




 その女性が突然こんなことを言ってきた。






















「もし、もう一度あの人に会えるなら、あなたはどうしますか?」










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