俺たちは、美しい月にも輝く太陽にもなれなかった。
冬村 みさと
第1話 その日は突然に。
「おーい!起きて〜。学校遅刻しちゃうぞ〜」
どこからかそんな声が聞こえてきて俺の快適な睡眠はその声に打ち砕かれる。
「太陽、今何時だと思ってるんだよ…」
「何言ってるの!!もう7時だよ!?」
そんなバカなと思いつつ時計に目をやると7:05の針を指しているではないか。俺の家から学校までは軽く1時間はかかる。うちの高校は登校時間が7:30。今から準備していたら到底間に合わない。
「あ…」
夢から覚め現実を見た俺は全てを悟ってしまった菩薩のように静かに布団を被った。間に合わないなら仕方ないと自分に言い聞かせながら。
「こら!!やっと気づいたと思ったらまた寝るのか君は!!」
「うるさいなぁ。今から準備しても間に合わないし、いっそ開き直って二度寝しようとしてるんだ。邪魔するな。」
何か言いたげな表情をするこの女は幼稚園からの腐れ縁の幼なじみ星野美月。高校2年生で、学校のある日は毎日俺を起こしに来て、休日には午後に外に連れ出され、まぁなんというかよくいるラブコメヒロインのようなやつだ。しかし俺はこいつのことを何とも思ってない。周りのやつからは仲のいいカップルなどと羨ましがられるが、俺から言わせれば迷惑極まりない。ちなみに俺は美月と同い年で、ギャルゲの主人公のような平凡な男子高校生の日下部太陽。その名には相応しくないくらい平凡だ。俺のことはさておき、今この状況でご立腹だった彼女が急に諦めたかのようにため息をついて呟く。
「もう…ホントに仕方ないなぁ太陽は。」
そう言うと美月は俺の隣に腰を下ろしベッドに体を預ける。少しの静寂の後に美月が囁く。
「ねぇ。このまま2人で学校サボっちゃおうよ。」
ふいにらしくないことを言い始める彼女に俺は動揺してしまった。
「お、お前何らしくないこと言ってんだよ。気が変わったわ、早く学校行くぞ。」
その言葉を待ってたかのように美月の口角が上がる。全部こいつの手のひらの上かと思うと癪だが、眠気も覚めてしまったし、もう行くしかないようだ。
「じゃあ準備終わったら玄関来てね〜」
彼女が手を振りながら不器用に笑う。あいつまた… まぁいいか。
「おう。出来るだけ早く行くわ。」
早々に身支度を済ませて玄関に向かう。気の所為かもしれないが今日はいつもより気分がノッている気がする。
「お?来たね。」
「ああ、行こうぜ。」
そして俺は玄関の扉を開き学校へ向かった。
いつもの通学路を少し早歩きで歩いていると突然彼女が話しかけてきた。
「ねぇ太陽。最近私に優しくなったよね?」
急に尋ねてきて何かと思えばそんなことか。確かに最近少し丸くなった。その理由は単純に思春期特有の異性に対する苦手意識が消えただけなのだが…
「もしかして私の事好きになっちゃった??」
イタズラっぽく彼女がにやりと微笑む。だが俺にはそんな気持ち微塵もないので適当に返す。
「あーはいはい。別に好きでも嫌いでもねーよ。」
「何それ〜(笑)」
少し寂しそうに彼女は笑う。
「でも私は太陽のこと好きだよ?」
あーはいはい。幼なじみにありがちな家族の距離感の好きってやつね。まぁこいつは俺の事眼中にないだろうしな。
「どうせ友達とか幼なじみとしてだろ。」
分かってたように、呆れたように俺は言った。
「そういう意味だけじゃ、ないんだけどな。」
彼女が何か言ったように聞こえたが何せここは市街なので周りの雑音で何も聞こえなかった。
「なんか言ったか?」
「ううん。何でもない!」
「ふーん。ならいいけど。」
ふと買ったばかりの腕時計に目をやる。時刻は7:35を指していた。
「おいおいおいおい!!時間やばいぞ美月!!!」
明らかに焦った様子の俺を見てそれを悟ったのか顔が真っ青になっていく美月。
「早く行かないと授業遅れちゃうよ〜!!」
─────。
結局俺たちは登校時間にも授業時間にも遅刻して担任と生徒指導に随分と焼きを入れられました。
「あーあ。私今まで皆勤だったのに。」
彼女は露骨にしょぼんと脱力し凹む。
「そういえばここ最近お前が凹んでるの見たことなかったな。」
「そうだね。最近はいいことばっっっかりだったし!!」
彼女は歯を煌めかせ笑顔を見せる。
「お前そういう笑い方のほうがいいよ。」
キャラじゃないことを言うのが照れくさくて目を逸らしながら思ったことを呟いた。
「え?別にいつもこんな笑い方だよ〜(笑)」
彼女の嘘なんてわかり易すぎる。そうやって今もさっきと同じ不器用な笑い方をしているじゃないか。
─────。
その日は結局何事もなく授業を終えて帰路についた。
「またね!!」
「おう。また明日な。」
「あ、明日は用事あるから太陽の家行けないけどちゃんと起きるんだよ〜」
用事とはなんだか分からんが、仮にも高校生なんだ。女子にも色々あるのだろう。余計な詮索はしないようにした。
「分かったからちゃんと前見て、気をつけて帰れよ。」
そうして俺は曲がり角で美月が見えなくなるまでずっと彼女を見守っていた。
その日の彼女の笑みは、俺が幼稚園から約10年間見てきた中で1番綺麗で、眩しく見えた。
─────。
その日の夜、美月から一通のLAINが届く。
「もうすぐ太陽の誕生日だね!!プレゼント楽しみにしててね!!」
そういえば、俺もうすぐ誕生日か。年齢を重ねる毎に誕生祝いは質素なものになっていき、遂には祝われなくなったからすっかり忘れていた。ただ美月だけは毎年プレゼントをくれる。そんなところだけは感謝していた。
「毎年毎年ありがとな。あんま高いの買うなよ。」
「大丈夫。バイトしていっぱいお金貯めてるから!じゃあおやすみ!!」
だからその金をもっと自分のために使えよ。毎月のバイト代を自分の携帯代、定期代、服や文房具までも自分で揃えてるというのにそんななけなしの貯金を毎年俺へのプレゼントにあてていた。前から不思議だったが触れないでいた。今日こそは聞いてみよう。そう思い立ちメッセージを打ち込む。
「なんで毎年俺にプレゼントくれるんだ?」
そう送信して俺はベッドに横たわり、いつの間にか眠りについていた。
しかし、そのメッセージに既読がつくことはなかった────。
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