花火と二人

「あれ、かんちゃんも早く来たんだ」

 そこでは、六時前にも関わらずまるで当然のようにカレンが窓枠に肘を置いていた。

「やっぱり待ちきれなくなっちゃうよね。せっかくの花火だから最初から見たいし」

「お、おう」

 少しでもカレンにちょっかい出せると思った自分を恥ずと同時に、早く来た理由を勝手にカレンが勘違いしてくれて助かったとも思った。

「あ、そうだ。いいもの持ってきたんだけどさ」

 花火が始まってからだと渡しづらいので、端の方に置いといたグラスとペットボトルを引っ張り出した。

「サイダー?」

「せっかくの花火に何もないんじゃ味気ないだろ?」

「へー。かんちゃんにしては気が利くじゃん」

「かんちゃんにしては、は余計だ」

 そう言い返しつつも、それだけの誉め言葉がなんか嬉しい辺り、俺って単純なのかもしれない。

「じゃあコップ貰うね」

 そう言ってカレンが手を伸ばしてくる。

「あっ」

 反射的に声が出てしまった。二軒が至近距離に建っているとは言っても五十センチはある。向かいのものを取ろうとしたら絶対に窓枠から身を乗り出さなきゃいけない。今までずっとカレンが肘を窓枠に置いたままの格好だったから何も危険はなかったのだけど、こればかりはまずい。目を逸らさねば!

「どうしたの?」

 窓枠から身を乗り出したカレンの胴体には、普通にタオルが巻かれていた。

「もしかしておっぱいが見えると思った?」

「な! な!」

 自然に否定してやろうと思ったけど、俺にそんな器用な真似はできなかった。カレンは勝ち誇ったようににやりと笑った。

「そんなに顔赤くしちゃって。昔は一緒にお風呂入ってたでしょ」

 そんなに嬉しそうなのは単純に俺の反応が面白かったからだろうか。

「でもざーんねん、私、そんなにガード緩くないから」

 確かにタオルは巻かれていた。でもそれはそれで、俺は逆に変な気持ちになっていた。タオルを巻いているとはいえ、身を乗り出した状態だと(まだ小さい)胸の谷間がかなり奥まで見えてしまうのだから。もちろん、そんなこと本人には絶対に言わない。

「そんなスケベなこと考えてないで、早く注いでよ」

 カレンが定位置に戻りグラスを差し出してくるので、ご所望通りサイダーを注いで、自分のにも入れた。それから、花火をちゃんと見るために、一応風呂場の電気はお互いに消した。

「あ、一発目」

 準備が終わってすぐ。花火が上っていく音に反応して、首を向こうの方角に向けた。距離が近いから玉が弾けるとほぼ同時に音が地面を揺らした。最初の花火は緑色のやつだった。

「やっぱりちょうどこの隙間から見えるね」

 そのあとも、たまに両端が切れることもあれど、この特等席からほとんど全体を見ることができた。

「じゃあ乾杯しよっか」

 またカレンがグラスを差し出してくる。花火のカラフルな光がグラス、濡れた腕や顔に反射して、それが何故か俺も変な気分にさせた。もちろんそれにはできるだけ反応はせずに、軽くこつんとグラスをぶつけて一口含んだ。

 河川敷で何度かエロ本を見かけたことはある。でも、そこに載っていた全裸の女よりもどう考えたって今ここにいる、タオルを着けたカレンの方が生々しくて、直接的なのは何故なんだろうか。

 興奮を覚えると同時に、なんだか寂しくもあった。グラスを持つカレンの横顔はどう見ても「大人の顔」だったし、小学生だって言うのに少しずつ着実に体つきは女らしくなっている。その内自分の知っているカレンでなくなってしまうんじゃないかと言うような気がして。俺一人が置いてきぼりにされているような気がして、少し心の中が燻ぶった。

「花火見るの、実は初めてなんだよねえ」

 俺がそんなことを考えていると、カレンがふと感慨深そうにそう言った。

「そうなの?」

「そもそもお祭り自体あんま行ったことないから」

 瞳に花火を映しながら、カレンはそう言った。

 そう言えば、カレンが友達とどこかに出かけているのを見たことがない気がする。お祭りどころか、この狭い地区内でカレンが誰かと一緒に行動しているのを見たことがない。学校でたまに見かけることもあるけど、いつも一人だ。わざとなのか、そうなってしまったのかは、幼なじみの俺でも知らない。

「じゃあ、見られて良かったな」

「うん」

 なんて言っていいか分からず苦し紛れになった俺の返答に、カレンは顔を綻ばせて強く頷いた。からかう時とは違う笑顔だった。

「そろそろ終わりだね」

 三十分くらい順番に打ち上げられて、最後は大量の小さい花火で花火大会は締めくくられた。あとには煙の臭いが残されて、途端に田舎の静寂が戻ってきた。

「終わったし、出ないとね」

 カレンは名残惜しそうにそう言うと、腰を浮かせた。そのまま風呂場を出るのかと思いきや、再びこっちに身を乗り出してくる。

「それ貸して」

「え?」

 カレンが指差したのは俺のグラスだった。よく分からないから言われるがままに手渡すと、カレンはそのまま残りを一気に飲み干した。そして自分のと俺のグラス両方を返しながらこう言った。

「間接キスしちゃったねえ」

「なっ」

 その顔は、元のいたずらっぽい顔に戻っていた。

「悔しかったら私のでやり返せば? その勇気があれば、だけど」

 いい感じだと思ってたのに、結局最後は俺を馬鹿にすんだな! そこまでいうのらやってやるよ!

「あ、あと」

 窓を閉めようと手を掛けたのに、思い出したように手を止めた。そしてもう片方の手でタオルの上の方を開けて見せた。

「谷間が見たいんだったらいつでも言ってよ。好きなだけ見せてあげるからさ」

 それだけ言い捨てると、俺の返答を待つ間もなく窓を閉めやがった。

 ってことは最初から俺を馬鹿にするためだけにあーいう行動を? 舐めやがって、いつか見返してやるからな!

 俺も窓を閉め、半分残ったカレンのグラスを見つめた。

 飲んだ部分には大きめの水滴が残っている。わざと間接キスにしてやろうと思えばできる。でもなんというか、それをやったところであいつにダメージはないし、それどころか「間接キスしたよ」とでも俺が報告したら結局俺が恥ずかしいだけじゃねえか。

「よし」

 色々考えた挙句、俺はカレンのグラスを手に取って一気に飲み干した。

 もちろん、水滴のないところから。

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おふろは二人の特等席! 前花しずく @shizuku_maehana

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