ふくしゅう大作戦

 今日は終戦記念日とやらで登校日になっていた。せっかく休日になっているのにわざわざ登校させて何がしたいんだと言いたかったけど、浜田市全域でそうらしい。先生に文句言っても意味がない。

 お昼から登校して二時間ちょっとの映画を見て、先生たちが話しているのを寝ぼけながら聞いていたら、気付けば四時を回っていた。普段平日は六時間目まであるとはいえ、なんで夏休み中に学校に拘束されなきゃならねえんだよ。

 かと言ってそんなに急ぐ用事もないので安全運転で校門を抜ける。小学校の前の県道五二号はゆったりとした坂になっていて、下校する時は役所の前まで下り坂になっている。この道だけは広い歩道があるから、でこぼこ一つない歩道を軽快に下っていく。

 坂が終わる少し手前に役所がある。浜田市の市役所はこっから車で山の中を一時間走った海沿いにあるから、これは「役所」と言っても支所だ。広場では既に祭りの準備が始まっていて、ちらほら場所取りをしている人までいた。

 坂が終わると三〇六号に突き当たる。この交差点の真正面にあるのが昨日友達と集まっていたみかみ屋。この地区唯一の駄菓子屋だ。この地区で買い物するって言ったらみかみ屋か交差点の角にある農協しかない。俺のこのママチャリだってわざわざ車で隣の地区まで行って軽トラに乗っけて来たくらいだ。

 そこの自販機で百円のサイダーを買う。大抵ここで飲み物を買うときはこの富士山が描かれたサイダーを買うんだよな。ただの登校日だからランドセルが空だし、そこに突っ込んで再び自転車を走らせた。

 交差点を右折すると昨日佐々木のおっちゃんに話しかけられた郵便局がある。ここでカレンのお母さんがパートで働いているらしいけど、郵便局なんか寄ったことないから見かけたことは一度もない。

 そしていつものわき道に入る。右はほぼ垂直な山、左は遙か向こうの山に突き当たるまで全部畑。よくもまあご先祖さんはこんな山奥を開拓したと思うよ、ほんと。昔は軽トラすらもなかったわけだし。

 そんな具合で畑は死ぬほどあるけど、家は本当にまばらにしか建っていない。あったと思ってもだいたい作業小屋か物置だし。隣の家まで近かったとしても徒歩五分はかかる。

 まず左手に見えてくる一軒目、比較的最近新しく建て直した小山さんち。外観は今風のレンガ造りだし、ガレージまで甘美されているけど、もちろんそこに置いてあるのは軽トラだ。

 しばらく行って同じく左手にある二軒目が加賀さんち。一度家に上がったことがあるけどかなり狭い。歳のいった夫婦二人暮らしだから、狭くても問題はないんだろうけど。最近は畑仕事はあまりしておらず、周辺の人から野菜をおすそ分けしてもらって生活しているらしい。

 そこから山を少し回って、山の陰に隠れるように建っているのが大山さんち。大山さんの息子さん(と言っても四十前後のいいおっさんだけど)はこのあたりの畑の大部分を使っている。歳とって手が回らなくなった家の畑も手伝っているらしい。

 そして例のボロい集会所が見えたらうちはもうすぐだ。小学校からだとゆっくり走ってきて自転車で三十分かからないくらい。これでも割かし遠い方だと思うんだけど、中学に上がると中学はこの自転車を買った隣の地区だ。まだ先とはいえ今から気が重い。

「ただいまー」

「おかえり、お風呂沸いてるからね」

「今日はもうちょっとしてから入る」

 俺の帰りに合わせて沸かしてくれたばあちゃんには申し訳ないけど、約束の時間まではまだある。木でできた急な階段を上って、少し傾いだ廊下を小走りで抜けて自分の部屋に行く。ランドセルを開けてサイダーを取り出して、一応噴き出さないか確認する。まあ開けてみないことには噴き出すかどうかなんて分からないけど、気持ち的な問題。

 漫画でも読もうか、テレビでも見ようかと逡巡した挙句、床でごろごろするだけになる始末。気が付いたら約束の時間の二十分前になっていた。こういうところは自分でも女々しいというか、男らしくないなと思う。

 そうは言っても二十分前と言ったらまだだいぶ早いんだけど、なんだか居ても立っても居られないと言うか、ウズウズしてしまって仕方がないのでフライングして風呂へ向かうことにした。

 さっきまで自転車でお構いなく振ってきたサイダーを大事に抱えて、一度キッチンに寄って二つのグラスを取ってから風呂場に向かう。荷物を持って風呂に入るなんてなんだかいけないことをしている気になって誰かに見られていないかいちいち確認してしまった。

 グラスとかは窓際に置いて、いつも通りざっと身体を洗って湯船に浸かる。ここまでやってもまだ六時にはなってないだろう。

 しかし、ここで名案を思いついた。いつもはカレンの方から話しかけられていたけど、俺が早く準備できた今、俺の方からちょっかいを出せるじゃないか。そう考えた俺は逸る気持ちを抑えながら音を立てないように窓をゆっくりと開けた。

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