おふろは二人の特等席!
前花しずく
二人の時間
「やべっ、もうこんな時間じゃんか! わりぃ、先帰る!」
電池式のちゃちい腕時計を見て咄嗟に叫んだ。「あの時間」に遅れるわけにはいかない。
「お、おう。また明日な」
呆気にとられる友達を気にもせず自転車にまたがった。ここから帰るなら最速で十五分、いや十分で着いてやる。
「ありゃ、かんちゃんじゃねえか。おばあちゃんは元気かね」
郵便局の駐車場にいた佐々木さんに声掛けられた気がするけど、悪いなおっちゃん、今急いでるんだ。
県道三〇六号を百メートル一気に駆け上がったら今度はわき道に入る。あんまりいい道じゃねえけど、毎日走りなれた道だ。立ちこぎで勢いそのままに駆け上がる。
ボロっちい集会所を通過してすぐ、左のあぜ道みたいな私道に入ってラストスパート。広大な畑のど真ん中に二軒だけ家が並んで建っている手前の家が俺んちだ。
自転車を砂利の駐車場に突っ込んで、ガタガタになっている引き戸を力任せに開けて靴を脱ぎ捨てる。ちらっと腕時計を見ると、どうやらギリギリ「あの時間」には間に合ったみたいだ。
ギシギシいう廊下を走りながら靴下もズボンもシャツもパンツも脱いで脱衣所のカゴに放り込むと、そのままお風呂場に突入した。
「六時ジャストォ!」
シャワーのお湯を少し強めにして一気に頭を洗い流す。
「ギリギリ間に合ったみたいね」
体も勢いで洗い終わったところで、窓の外から声が聞こえた。湯船に入って背伸びして窓を開けると、いつものようにカレンが組んだ腕を窓枠に置いてこっちを眺めていた。
「さっき全力で自転車こいでるの見えたけど。私と話したくて急いでくれたの?」
「ばっ! そんなんじゃねえよ! ただルーティン崩したくなかっただけだっつーの!」
カレンは「ほんとー?」と馬鹿にしたように笑いながら、湿った黒い髪の毛をゴムでまとめはじめる。濡れたわきがあらわになって、それに風呂場の電気の明かりが反射しててらてらしていた。
まあ見ての通りカレンは二軒並んだ家のもう一つの方に住んでいる、いわゆる幼なじみだ。物心ついた時から一緒に遊んだりなんだりしている。
それにしても、これだけだだっ広い土地があるにも関わらずこんな至近距離に家が建っている意味が分からない。父さんは「畑の形がいびつになると管理がしにくいからできるだけ潰す土地はまとめた方がいい」とか言ってたけど、このあたりで二軒隣り合っているところなんてそれこそここだけだ。
さらに意味が分からないのは、その二軒が向かい合っている部分にどちらも風呂場があること。窓を開ければ五十センチのところに向かいの風呂場の窓枠がある。まあ、周りが畑なのでそれ以外どこにしても外から丸見えになるから仕方ないんだろうだけど。
そんなこともあって、俺らがまだ小さい時に「お風呂でお話しよう」なんていうことを始めたわけだ。しかし俺らはもう小学校高学年。惰性で続けてはいるけど恥ずかしいに決まってるだろ!
一方のカレンはというと、何故だか積極的に話しかけてくるから、俺から断るのもなんだか気が引ける。むしろこれくらいしか接点がないし、わざわざ付き合ってやってるわけだ。決して俺も話がしたいとかそういうんじゃないぞ。
「ねえかんちゃん」
「何?」
「最近なんか話すときこっち見てくれなくない?」
あったりまえだろ! (肩から下は見えてないとはいえ)誰が女の裸ガン見するか!
「もしかして恥ずかしいの? 幼なじみなのに」
「そ、そういうんじゃねえよ! 今だってほら、そっち向いて喋ってんだろ」
「顔はこっち向いてるけど目は変な方を向いてない? 壁になんかいるの?」
直視できるわけないだろっつーの! 目逸らしてても視界の端に入ってくるっていうのに。
「どこ見ようが俺の勝手だろうが!」
「ふーん?」
あ、また馬鹿にしたみたいな顔。もしかしてこいつ、俺を馬鹿にしたいがために毎日話しかけてきてんのか? ぐぬぬ、仮にそうだとしても認めたくねえ。
「かんちゃん、ちゃんと体洗ったの? さっき全力で自転車漕いできたんだから、ちゃんと洗わないと臭くなるよ」
「あんなの全力なわけねーじゃん。しっかり洗ったしな! なんなら嗅ぐか?」
「へえ? ほんとにいいの?」
そんなことするわけないでしょ汚い! とか言われると思ってたのに意外に乗り気なのかよ。
というかよくよく考えたら女に体の匂いを嗅がれるって、なんかあれだよな。や、やめよう。これは俺自身が怪我をする。
「やっぱいい」
「えー? てことはやっぱり臭いんじゃないのー?」
「勝手に言ってろ。というか、カレンだってちゃんと洗ったのか。髪長いから時間かかるはずなのに俺より洗い終わるの早かったろ」
「洗ったよ。身体の隅々まで。なんなら匂い嗅ぐ?」
「な! そ、そそそそんなことできるわけないだろっ!」
前から少し思っていたけど、こいつ距離感近すぎだろ! 単純に精神がお子ちゃまなのか? それとも……?
「なんだ。かんちゃんなら喜んで嗅ぐと思ったのに」
「どういう意味だ!」
俺も俺でいちいち反応がオーバーなんだよなあ。カレンと話すだけで風呂上がる時には息が上がってるくらいだし。
「あ、そうだ」
「あ?」
「話変わるんだけど、明日お祭りがあるじゃない?」
「あぁ」
この地区では毎年夏に「ふるさとまつり」なる祭りが開催される。まあ山奥の辺境だし観光客とかは来ないんだけど、それでも出店には多少の子供たちが集まってくる。
まさか一緒に行こうとか言わないよな? いや、別に行きたいわけじゃねえけど、でもカレンが行きたいって言うなら別に行ってやっても。
「お祭りの花火の開始時間、今年は六時なんだって」
六時? 六時ってことはつまり?
「打ち上げ場所、役所のところでしょ? ここから見えないかな、花火」
確かに、この二軒は役所の方を見下ろすように建っている。家の隙間からでも花火は見えるかもしれない。
「じゃあ明日もちゃんと六時に来てね」
何か返事をしようと思ったけど、カレンはそのまま窓を閉めてしまった。わざわざそんなこと言われなくても俺は六時に風呂入るけどな。決して、カレンのためなんかじゃないんだからな。
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