VS炎の大精霊!

「おーいミルー、聞いてたか?」

「え? あ、ごめん……なんだっけ」

 顔がすっかり赤くなったエスタに真面目な顔で話しかけられ、ミルは我に返った。気付けばギルドはシンと静まり返ってみな一点を見つめている。その視線の先では、ギルドマスターが腕を組み、険しい顔をして仁王立ちしていた。

 ギルドマスターがギルドに直々にくるのは珍しいことだ。ギルドマスターが動かねばならないような大変なことでも起こったのだろうか。

「お姉さま、こんな大事な話を聞き逃すなんてらしくありませんことよ……?」

「いや、ごめん……でどんな内容だったの?」

「簡単に言やぁ、最上級の魔物が出たって話だ。アカシチ砂漠に『炎の大精霊』とやらが出たんだそうだ」

 ハリスが事態をかなり凝縮して伝えてきた。一言でまとめてくれると分かりやすい。

 ギルド内では魔物をランク付けしていて、ワームが最低ランク、スライムが低ランク、オークや今日戦った家畜寄生虫なんかが中ランクなどとなっている。この辺では中ランクが普通で、高くても高級程度。上級などが出た日には大騒ぎだ。それが最上級だというのだから、今のギルドの雰囲気も理解できる。

「もう既に二十人以上治療室に運び込まれてるんだってさ。死者が出てないのが奇跡みたいだーって」

 エスタが酔い覚ましのために水を飲みながらどこか他人事でそう付け足した。上級の魔物の討伐でも当たり前のように死者が出ているので、死人が出ていないのは確かに奇跡だと言っても過言ではないだろう。

「今回は敵が敵だけに参加は有志とする! 自分の腕に確かな自信があるヤツだけついてこい! 出発は明日の朝とする。いいな!!」

 ――大精霊、か。

 ギルドマスターの大きいしわがれ声に合わせて、ギルド内にいるほぼすべての冒険者が「おー!!!!」と勇ましい声を上げた。ミルも声を上げはしなかったが、内心は怖いもの見たさと自分の能力がどこまで通用するのかという興味で興奮気味であった。


「おい! こっち一人やられた! 何人か応援回してくれ!」

「こっちは三人やられてんだ! そんな余裕ねえ!」

 戦闘が始まった直後から、戦場では冒険者らの怒号が飛び交っていた。砂漠は高さ数十メートルはある炎の壁で囲まれており、魔物本体の位置さえも確認できない。

 ミルたちもその炎の壁の周囲をグルっと回り、入り込める隙間がないことを確認してから攻撃に参加する。

「魔法相手じゃ僕の剣術の出る幕ないんだよなあ」

「魔物の下までは姉御に頼るしかねえな……」

「お姉さま、お願いいたしますわ」

 燃え盛る火炎に成す術のない仲間たちからアイコンタクトを受け取り、早速ミルは杖を構えた。誰も巻き込まないよう、他の冒険者の少ない場所を選んで炎の壁に杖を向ける。力を込めれば込めるほど杖の先の宝玉が赤く発光していき、最大まで溜まったところで腕にじわっとめり込んでくるような圧が押し寄せた。

「いくよ……『炎の旋風<ファイヤ・ブロウ>』!!!」

 ミルが目を見開くと杖の先端から渦状の火焔が発生し、炎の壁とぶつかって外炎が広範囲に飛び散る。それはまるで二匹の赤い獣が噛みつきあっているような、それはそれは激しいぶつかり合いだった。

 しばらく膠着状態が続いたが、あるタイミングを境にミルが放出している炎の渦の中央の空洞が一気に開いて炎のトンネルのような形になった。

「今のうちに中に!」

「サンキュー、姉御!」

 ミルの誘導に従って、仲間三人は渦の中を通り抜けていく。ミルもトンネルを維持するために魔力供給は続けつつも三人の後に続いてトンネルの中を進んだ。

「トンネルにするのはいいんだけどあちぃのは変わらねえんだよなあ。あっち!!」

「なーに言ってんだか、ミルがいなけりゃ僕たちだけじゃ中に入ることすらできないでしょ?」

「そりゃあそうだけどよぉ……」

「お姉さまに文句言うんならあんたの防御壁張らないですわよ」

 何やらハリスが二人に睨まれているが、ひとまず無事に壁の中へと入ることができたので第一関門は突破だ。ミルは後続がいないことをしっかりと確認しつつトンネルを閉じる。

 そして灼熱の壁の内側その中心に目を向けるとやっと魔物、すなわち「炎の大精霊」であろう姿が確認できた。炎の壁で囲まれている範囲があまりに広いため、まだコメ粒ほどの大きさにしか見えない。

「近付くよ」

 ミルたちは砂漠の崩れやすい砂を踏みしめ一歩ずつ近付いていく。その距離が百ハイルンになり、五十ハイルンになり、二十ハイルン程度になったあたりでようやく相手の全体像を確かめることができた。

 相手は大きめの成人男性と同じくらいの背格好の人型で、身体は赤く隆々とし、頭からは髪の毛ではなく白く赤く燃え盛る炎が上下左右に長くなびいていた。その足下に目をやると、その身体は地面から少しだけ浮き上がっているのが見てとれる。

「ほう、炎の壁を抜けてくる人間がいるとはな」

「なっ!? 魔物が喋ったぞ!!」

 口に出したのはハリスだけだったが、他の三人も目を見開いて驚いていた。魔物が自分の口を動かして人間の言語を発するなど上級の魔物ですらなかったことだからだ。いきなり他の魔物との格の違いを見せつけられた形だ。

「だが、すぐに壁の外へ追いやってやろう……自らの無力さを思い知れ」

 炎の大精霊がその真っ赤な太い腕を両方とも突き出すと、そこから高温で色が白く飛んだ凄まじい火炎が噴き出した。炎は一直線にミルたちの元へ突き進んでくる。

「させませんわ! 『空魔障壁<ウィンド・ウォール>』!」

 エリザベートは一歩前へ歩み出ると両手を胸の前で固く結ぶ。次の瞬間、巨大なつむじ風が全員を包み込み、襲い来る火炎の矢を弾き飛ばした。伊達にミルの補佐をやっているわけじゃないのだ。

「次はこっちの番よ! 『煉獄の炎<ファイア・バースト>』!!」

 ミルがまたいつものように杖を振り上げて叫ぶ。大精霊に負けず劣らずの凄まじい火炎の渦は轟音を上げながら瞬く間に大精霊を飲み込んだ。

「やったか!?」

 ハリスがお決まりの発言をしてしまうが、案の定煙の中から特に外傷のない大精霊が浮き上がってきた。少しばかり腕で顔をガードしていたが、それ以外は障壁も何も張っている様子はない。ただ正面から攻撃を受けて無事なのである。

 それほど余裕であるはずの大精霊だったのだが、ミルの攻撃の直後から何か様子がおかしくなった。

「今の炎はまさか……?」

「ミル! あいつ怯んでるみたいだよ! 一気に攻め込もう!」

 エスタの掛け声で四人は武器を構え直す。そして四人が一気に大精霊に攻め込もうとした、その時だった。

「まて!」

 待ったを掛けたのは意外や意外、大精霊本人だった。さっきまで身長の二倍近くあった髪の毛、否、炎はかなり小さくなっていた。どうやら敵意がないことを示しているらしい。

「私はこれ以上お前たちと交戦するつもりはない。去れ」

 大精霊は響くような野太い声でそう言うと、逃げるかのように空に向かってどんどん上昇していく。しかし冒険者が敵に待てと言われて待つわけがない。

「てめえ! 逃げるのか!」

 最後の足掻きでハリスが自らの剣を投げつけるが、当たる直前に大精霊の姿は忽然と消えてしまった。テレポートらしい。本体がいなくなると周囲にあった炎の壁も火の粉ひとかけら残さずに消滅し、あとには負傷者と呆然とする冒険者たちだけが取り残されているだけだった。

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