這う人


 異色作。オープニングはカメラが屋敷に近づいていきます。どうやら、誰か目線の映像のよう。つまり、謎の誰かが屋敷に近づいて行っていることがわかります。ところが、視線の位置がちょっとおかしい。少し、低いのです。しばらく低かったかと思えば、今度は上昇。まるで視線の人物が木に登ったかのような感じです。

 画面は切り替わり、女性の寝室へ。謎の音に女性が目を覚ますと、窓には謎の人影のようなものが! 女性は失神してしまいます。

 翌日、女性は騒ぎのことを打ち明けますが、父親のプレスベリー教授は夢でも見たのだろうとまともに取り合ってもらえません。教授の助手でもある婚約者と調べたところ、壁をのぼって窓まであがってくることは不可能。この謎をホームズに解いてもらおうとするのですが……というお話。

 後期のグラナダ版ドラマは複数の原作のエピソードをまとめて一話に脚色したりと、いろいろ大胆なことをやっているので、原作「這う男」を読んでいない人は「あぁグラナダまたやってんな」と思うかもしれません。いや、これ、原作もこういうお話なのです、はい。

 原作が収録されているのは、最後の第五短編集「シャーロック・ホームズの事件簿」。わりと読んでいるよ、という人でも第四短編集「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」までということは多いのではないでしょうか。なにしろ「最後の挨拶」なのですから、その後があると思わないのは無理もない話。しかも、いくら名作シリーズだとしても書店の棚にあるのは第三短編集「シャーロック・ホームズの帰還」までというところも多いはず。

 原作に触れたことのないかたには。ホームズにこんな話があったなんて、と驚いてもらえると嬉しいです。原作を知っているかたには、あの話を本当にドラマ化したらどうなったのかを確かめていただきたい。

 一番の見所はクライマックスでしょうか。クライマックスということは、迂闊に触れるとネタばらしになってしまうので、気をつけて書きます。

 疾走感のある闇夜の追跡劇は迫力があります。

 あとは教授の娘とその婚約者の助手の二人の関係性でしょうか。婚約者を愛しているけれども、上司である教授の顔も立てなくてはならず、というジレンマに苦しむ青年の姿は印象深いです。




【ネタばらし見所解説】




 これはもうプレスベリー教授、というか、教授を演じた俳優さんでしょう。

 もうネタばらしを解禁する箇所なので書きますが、若返りの薬の作用で猿化した教養あふれる人物という難役をやる演技力、さらにクライマックスでは猿になりきり、四足で疾走するという身体能力の高さ。素晴らしい。

 おそらくはこの頃、じわじわと病魔に苦しめられていたジェレミー・ブレット演じるホームズが追いつけず、置き去りにされるのも無理はない。

 日本の俳優さんならば、竹中直人さんや三十年後の山田孝之さんにやってもらいたい。

 動物の扱いなど、ちょっと現代でも難しい要素のあるお話なので、この先、封印されてしまうこともあるのではと案じています。原作にはないオリジナル要素で、教授に実験用の猿を提供していた業者がホームズにより、ゴリラと一緒に檻に閉じ込められるという場面があるのですが、これは現代では規制がかかりそうです。もっとも、あのゴリラは本物ではなく、着ぐるみのような気もするのですが。もし、あれが演技ならば、あのゴリラはオスカーものでしょう。

 冒頭で触れた猿(化した教授)目線を再現したカメラワークのアイデアは、すぐれたミステリのトリックに出会ったときのような感覚をおぼえました。

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