未婚の貴族
グラナダ版ドラマでは最後の長尺スペシャル。
『四つの署名』、『バスカビル家の犬』といった原作が長編ではない短編「未婚の貴族」をどうドラマ化するかが一つの見所。
ホームズ譚は有名で、日本でもさまざまな出版社から、たくさんの翻訳が出ています。ゆえに訳題が複数存在する作品があります。「未婚の貴族」も、そのケース。
「独身の貴族」ならば、まだわかりやすいのですが、「花婿失踪事件」と対称性を持たせるような「花嫁失踪事件」というタイトルもあるので、少しややこしく感じるかもしれません。
普段は一時間でやっているところを倍の二時間かけられるので、短編をじっくり映像化できます。映像も音楽も普段より凝った印象。
オープニングで印象的な謎の高笑いや、古びた大邸宅の敷地をうろつく豹、使用人が鍵のかかった扉をあけて餌らしい野菜をばら蒔くシーンなどに注目してほしいです。
【ネタばらし見所解説】
注意! この先はグラナダ版のドラマ「未婚の貴族」だけでなく、原作の内容にも言及します。
なんで、こんなことを前置きするかといいますと、
ドラマと原作は大きく違うからです。
短編、それもわりとシンプルな「死んだと思っていた夫が生きていたとわかったので結婚式当日に姿を消しました」という原作「独身の貴族」をどう二時間ドラマにするのかと思っていたら、そうきましたか。
別の作品の要素を足したり、だいぶオリジナル要素を加えたり、原作ファンは怒るかもしれません。
私も初見時は怒った口です。正確には途中まで孫を見るような目で見守っていましたが、フローラ・ミラーが舞台上で始末されたあたりから「うーん」と。
罠で建物が崩れ、サイモン卿が亡くなったときは「あぁ、見なきゃよかったよ」と。
今回、見直してみて、ワトソンが犯人一味の一人を見捨てて豹に襲われるままにしたことに気付き、ガックリしました。
劇的にするためにはそうする必要があり、非道な扱いをされても仕方がないように犯人たちは極悪に描かれていますが、これは私の好きなホームズ譚ではない。
なんだか文句ばかり言っていますが、本格ミステリ的な「伏線と回収」や「ミスリード」の巧さは原作にはないもの。
フローラ・ミラーが舞台役者であることも「精神を病んだ元妻を演じる協力者」を出すにあたり効いていますし、豹の存在も効いています。
豹は「まだらの紐」のロイロット博士邸の要素を無理やり入れ込んだだけかと思いきや、ある後期作品を組み込むための役割があり、前述した「餌らしき野菜をばら蒔くシーン」にも意味があります。
「豹なのになぜ肉でなく野菜? せっかく豹がいるのになぜ映さない?」という疑問は、ラストになり、「豹ではなく監禁している元妻の食糧だった」とほのめかされることで氷解します。
オープニングの謎の高笑いも、ホームズが夜道で出くわした酔っ払い二人のものという「仮の答え」を与えられて視聴者が油断しきった後、終盤で監禁されていたサイモン卿の二番目の妻のものとリンクします。
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