レディー・フランシスの失踪
この企画ではNHKBSでのドラマ放映に先立ち、手元のDVDを見直して原稿を書いています。今回、見直してみて「こんな作品だったっけ」と驚き、「原作を変えすぎだろ」となったのですが、これは私の勘違い。
確かに改変要素はあるのですが、こんな話じゃなかったよなと感じた部分が原作を読み直すと案外、正典(ファンはドイルの原作をそう呼ぶのです)に忠実で、自分の記憶力というか感性というかにあきれた次第です。
オープニングは休暇中のワトソンがホームズに近況を報告する形。ここは原作と違います。原作では風呂と靴の推理ですが、ここはカット。
ワトソンの報告では、休暇の地で知り合った人々の様子が語られます。足の悪い講演家(宣教師?)シュレシンジャー老人、活動的な独身女性フランシス・カーファックスなど。
フランシスはヨットから転落、シュレシンジャー老人が泳いで助けに向かうなんて原作にはないシーンもあります。
ちょっと変わった演出として、チェスの駒のような小さな置物(オモチャ?)を登場人物たちに見立てて、ホームズが一人で動かすという手法が用いられています。姫の駒を紙でつくった船にのせたり、その船をひっくり返して姫の駒を横倒しにしたり、とホームズが遊ぶのです。
このあたりで筆者は「なんか違うぞ、嫌な予感がする。大幅改変ではないか」と首を傾げました。
違和感を覚えた理由は、前半のワトソンのバーデン滞在中パートがたっぷりあることでしょうか。原作でも途中までホームズは合流しませんが、原作ではワトソンは調査のためにホテルに赴き、その時点ですでにフランシスは失踪しているため、ワトソンはフランシスと会っていないのです。
失踪前に単独行動しているワトソンがフランシスと知り合っているという変更は、ドラマとして盛り上げるため、ワトソンたちをフランシスを知るものとして事件にかかわらせるための工夫でしょう。ここにホームズがいないのは、ホームズ役のジェレミー・ブレットの体調が思わしくなく、バーデンパートのロケ地まで行けなかったからかもしれないなどと推理してみましたが、真相はどうでしょう。ちょっと調べてみたいですね。
映像を見る限りはバーデンパートの風景は、とても田舎に思えます。この風景も見所の一つ。
保養先にはうってつけで、フランシスのような独身の女性が観光に訪れたり、シュレシンジャー老人のような人が寄付を募るのに訪れたりしそうな土地ではあります。
ホームズ合流後、物語は一気に動きます。タイトルにあるように、いよいよフランシスが失踪するのです。ここからの追跡劇が実にスリリング。
どこにフランシスを隠しておくか、という有名なトリックも見事に映像化されています。
【ネタばらし見所解説】
せっかくなので原作と違う部分について触れましょう。犯人のシュレシンジャー老人の設定が違います。戦争のために片足が不自由で杖や車イスを使っているという設定です。実は足は不自由ではないという要素まで絡んできます。これはクライマックスで特注の大型の棺のなか、老婆の死体の下に隠したフランシスを救出するシーンで効いてきます。すべて見抜かれたと知ったシュレシンガーは車イスを捨てて走って逃げるのです。
ワトソンが追いかけ、足を撃ち、シュレシンガーは本当に足を負傷してしまうのです。
この場面は見事で、少し前、ホームズたちがシュレシンガーの家を訪れて、銃で脅して捜索する場面と繋がっているのです。家を調べるとき、捜査令状のないホームズはワトソンに銃を持たせて「今はこれが令状の代わりだ」シュレシンガーを脅します。ホームズがフランシスを探している際、見張り(脅し)役のワトソンとシュレシンガーは短いやり取りをします。「医者であるあなたが障がい者の私を撃てるわけがない」というシュレシンガーに、ワトソンは「私は虎を撃ったこともある」と言い返すのです。これは原作にない演出です。
シュレシンジャーが逃げ出す前に、共犯者のアニー・フレイザーが逃げ出そうとして、ホームズに見咎められ動きを止める場面があるのですが、共犯者のアニーは逃げず、主犯のシュレシンジャーは逃げるという見せ方にも工夫を感じます。
変更した部分を好意的に受け止めてよいところもあるのですが、結末はどうにも……
原作どおり、フランシスは一命を取りとめます。ドラマでは恋人のグリーンとともに故郷へ戻り、めざましい回復をとげたとグリーンからの手紙でホームズたちに報告されるのですが、ラストで流れる映像のフランシスはとても健康には見えず、音楽も映し方も不穏な印象を与えるのです。
確かに原作でもホームズ自身が悔やむ話なのですが、ここまでやらなくてもなぁ、と思ってしまうのは、ホームズにヒーローでいてほしいからなのでしょうか。
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