バスカビル家の犬

 かつて「最後の事件」で作者コナン・ドイルが葬ったホームズ。「最後の事件」よりも前の事件として、「最後の事件」の後で発表されたファン待望の“復活”の長編。

 オープニングは夜。外でタバコを吸いながら待ち合わせをしている様子の男(サー・チャールズ・バスカビル)の姿から。なにかに気付いたらしい男は逃げ出します。

 と、ここで場面は変わり、ロンドンの街中へ。二階建ての馬車なんかがうつり、なかなか賑やかです。日本語版ではワトソンの語り(ナレーション)で、これからホームズたちが挑むことになる事件の発端が語られます。

 ベーカー街では依頼人(モーティマー医師)が置き忘れた杖から人物像を推理するホームズたち。日本語版では結構ばっさりカットされていますが、杖を巡る推理は面白いので、ここは残してほしかったものです。有名なコーヒーポットに反射したワトソンの姿を見ていたホームズに対し、ワトソンが「ホームズ、君は後ろに目があるのか」とやるシーンもカット。残念です。依頼人モーティマー医師がチャールズ・バスカビルの不審な死について、鋭い推理を披露するシーンはきちんと残してあるだけに残念。

 今回の見所は大きく、二つ。舞台となるダートムアの自然と、事件を抱えてロンドンから離れられないというホームズに代わり単独行動をするワトソン。今回、ワトソンの出番は多いです。

 クセの強い登場人物たちも魅力的です。犬を可愛がるも兎を嫌う銃の名手であるモーティマー、蝶を追いかける昆虫学者のステープルトンとなにか秘密を抱えていそうなその妹。なにかというと法律を持ち出す面倒くさいフランクランド老人とその娘でバツイチのローラ・ライオンズ。バスカビル家の執事夫妻もなにやら怪しい感じ。屋敷のまわりがピリピリしているのは脱獄囚のセルデンが近くをうろついているらしいから。

 ちょっとホームズものっぽくないというか、現代のドラマっぽいキャラの作りこみをしています。

 なにより、いきなり莫大な資産を持つバスカビル家の当主となってしまったサー・ヘンリー・バスカビルがドラマの主軸です。ちょっと横溝正史的世界。もしかすると『犬神家の一族』のベースは『バスカビル家の犬』なのではないか、と勘ぐってしまうほど。

 テクニカルなカメラワークだな、と感心したのは、ホームズとワトソンがホテルで尾行者を追いかけるシーン。吹き抜けを四角く囲うような形の階段を駆け下りる二人を、吹き抜けの下からグルグルとカメラを回転させて撮影しているのです。




 ネタばらし見所解説


 原作を知っている人間からすると、伝説の魔犬にみせかけた光る大きな犬をどう再現するか、が最大の見所というか不安要素でしょう。撮影した時代背景を考えるとまぁ合格点ではないでしょうか。原作では燐を塗って光らせた(もしかすると現代の読者・視聴者には燐というものの説明からしなければならないのかもしれませんが)としています。実際に犬に発光塗料を塗った(今なら動物愛護的にアウト、当時はどうなのだろう)のか、CG的な映像効果を施したのかは、ちょっと判別できませんでした。

 ミステリ的にうまいな、と思ったのは、ワトソンとサー・ヘンリーを見張る正体不明の怪しい人物を効果的に使っていること。下半身だけとか腕だけとかをうつしているのでわからないようになっているのですが、この謎の人物の正体は実はホームズ。ロンドンにいると見せかけて犯人を油断さえ、現地でこっそりと調査をしていたのです。

 視聴者は謎の人物がホテルで逃げた尾行者だと思い込むわけです。尾行者の正体は犯人のステープルトン。しかし、謎の人物がワトソンとステープルトンガ一緒にいるところを遠くから観察しているカットを入れることで、心理的にステープルトンは犯人ではないとさせてしまうのです。本当は「ホテルでの尾行者=ステープルトン」なのですが「ホテルでの尾行者=ダートムアでワトソンを監視している人物」という誤解を生じさせることでうまく犯人を隠しているのです。

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