もう一つの顔

 今回もタイトル問題から。この作品は「唇のねじれた男」として知られているものです。

 珍しくワトソンだけが活躍する冒頭。知人の奥さん(原作では患者の奥さん)から阿片窟にいる旦那が帰ってこないと相談を受けるワトソン。単身、ホームズ抜きで乗り込みます。

 原作ではワトソンは結婚していて奥さんと同居、つまり、ベーカー街でホームズとは共同生活をしていないのです。グラナダ版のドラマではホームズはワトソンとの夕食の約束をすっぽかしてどこかへ煙のように消えたよう。さて、ホームズはどこでなにをしているのか、が前半の見所。

 依頼人がベーカー街を訪れて、というお馴染みの展開とはちょっと違う作品です。

 見所は阿片窟(名前が「金の延べ棒」。ドラマスタッフの遊び心かと思ったら、原作に忠実でした。素晴らしい!「)を訪れるというワトソンの冒険でしょうか。ちょっと治安の悪い感じを出すべく、阿片窟だけでなく、そこへいく道中で酔っ払いがケンカしていたり、からんでいたりと、と雰囲気がよく出ています。

 阿片窟のある地域は今回の重要な舞台で何度も登場しますが、アンダーグラウンドな感じが随所に出ています。

 演技面でいえば、今回はクライブ・フランシスが抜群に素晴らしい。というか、クライブ・フランシスを楽しむ作品といってもよいくらい。


【ネタばらし見所解説】


 うーん、この訳題「もう一つの顔」は真相を知っていると、ちょっとストレートすぎやしませんか、という感じです。

 肝である「最有力容疑者こそ死んだと思われている被害者自身だった」という意外性、その意外性をより強固にしている「紳士(セントクレア)が物乞い(ブーン)に変装している」という点を実現するのは、実は映像では難しい。

 なぜならば同一人物である以上、同じ俳優が演じなければならないからです。

 ここをうまくカバーしているのがクライブ・フランシス(セントクレア役でありブーン役)。もしかしたら、イギリスでは一発で見破られたかもしれませんが、日本の視聴者は騙せるでしょう。

 顔を知っている奥さんの前でも、だいぶ派手に行動しているという不自然さも、むしろ、ブーンの正体がセントクレアだったということの衝撃を増大させています。

 かつらを捨ててセントクレアに戻った後の知的で教養のある立派な紳士の演技が素晴らしく(もちろん、ブーンのときも素晴らしい)、印象に残ります。

 ちょっとしたことですが、窓から顔を出しているところを通りから奥さんに目撃されたセントクレアが家に引っ込む演技が見事。奥さんは「助けを求めようとしたセントクレアが無理やり室内に引き戻された」と証言しますが、実際は「奥さんに目撃されたセントクレアが驚き慌てて顔を引っ込めた」なのです。この両方の解釈が成立する絶妙な演技を見せるのです。

 またホームズは潜入捜査のために変装して阿片窟にいるのですが、ここで一つ変装という要素を使うことで「ブーンは変装」という可能性をなんとなく視聴者から消していることもいいです。「阿片を吸っていないだろうな」と心配するワトソンに「場に溶け込む程度には吸ったかな」とすっとぼけるホームズがおかしいです。ここはドラマオリジナル。

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