修道院屋敷
今回はタイトルのお話からすることにいたしましょう。「修道院屋敷」と聞いて「ん? そんな事件あったっけな?」となっているかたも少なからずいらっしゃるはず。なかには「一応、全作ホームズは読んでいるんだけどな」というかたもいるかもしれません。
タイトルの翻訳はなかなかどうして難しい問題で、ホームズのように複数の版元から翻訳が出ている場合は複数の訳題が存在するケースがあります。
この「修道院屋敷」もそうで「アベ農園」や「アベ農場」などといった訳題があります。
グラナダ版のオリジナルでは、警察が馬車で修道院屋敷に向かう場面から始まります。日本語版では冒頭からしばらくごっそりとカット。これは残念としかいいようがありません。
というのも、この後ブラックンストールの遺体の確認から場面はベーカー街へ移り、寝ているワトソンをホームズが起こす場面があるのです。そうです、ここでかの有名な“The game is afoot”という台詞が出てくるのです。
これがカットとは残念です。
ホプキンス警部からの要請でホームズたちは修道院屋敷に向かいます。到着するや否や、意識を回復したブラックンストール夫人の証言で事件はほぼ解決したと通達をされてしまいます。一旦は引き上げるホームズですが、あることに気が付き……というお話。
今回も鏡の演出が印象的です。特にクライマックス。あとはろうそくの炎の揺らぎが印象に残ります。館を見回るブラックンストール夫人からピントがずらされて、背後にあるブラックンストールの肖像画にピントがあう見せ方もドキリとさせられます。原作に肖像画が登場するかは確かめていないのでハッキリしたことは書けませんが、後半、ひげのない肖像画の前にひげのあるブラックンストール本人が立つ場面は、なんらかのメッセージ性を感じさせます。
ブラックンストール夫人が初めて画面に出るときの音楽も、夫人の雰囲気を表現しているようで気になります。
今回も闇と鏡の演出が効果的です。特にクライマックスでホームズの周りにある人物がやってくるときの使い方が見事。
謎解きの鍵となる三つのグラスの見せ方も、素敵です。
全体的に暗い事件なだけに、途中の船会社の事務所のシーンのコミカルさがいいアクセントになっています。
【ネタばらし見所解説】
日本語版の冒頭、事件現場に向かうホームズが池に浮かんでいる丸太を見る場面があります。これが後半、効いてきます。この丸太には強盗を偽装するために屋敷から持ち出した銀器が錘と共にくくりつけられているのです。「ずっと丸太が動いていない」ということにホームズが気付くのですが、きちんと事前に手がかりを示しています。なんてことのないシーンですが、開始早々でちゃんと画面に丸太が大きくうつしだされています。
三つのグラスの偽装に気付いたホームズが引き返そうとワトソンに提案するシーンは、よく考えるとおかしいです。ホームズは寝ているワトソンを列車に残し、ホームに出ます。ホームから列車の窓を叩き、ワトソンを起こすのです。列車の外に出る前にワトソンを起こして、一緒に列車を出ればよさそうなものです。こういう絵の作り方はドラマならではの工夫だと感じます。
屋敷に戻ったホームズたちを不安そうに見るブラックンストール夫人たちの姿がちゃんと示してあるのもいいです。また「真実を話してくれ」とホームズがブラックンストール夫人に持ちかける場面は遠くから、門の間からホームズたちを映しています。
犬の首輪の一部を示すためにブラックンストール夫人にぐっと近づくタイミングでカメラは位置を変え、近くからホームズたちを映します。これも下からやや仰ぎみるような角度で関係者四人をとらえるのです。
犯人クロッカー船長がベーカー街を訪れるシーンも素晴らしい。まず室内のカメラから廊下のクロッカーをうつすのですが、ここでは廊下は暗いので顔がわからないのです。その後しばらくはクロッカーの背中しかうつさないのです。クロッカーには、けっこうな台詞があるのですが、その間、背中しかうつしません。
ホームズが葉巻をすすめたあとで顔がアップになります。クロッカーが犯人ということを視聴者はわかったうえで、クロッカーがどういう顔をしているかはしばらく見せないのです。
クロッカーは大男という原作の設定にも忠実です。ホームズと向き合うとき、あのホームズが見上げる形になるのです。
一方で、船の回想シーンでは、金銀のテープが散乱した場所をクロッカーがさびしげに歩く姿を加えています。このあたりのバランスが素晴らしいです。
いろいろ書きましたが、この作品最大の見所はなにより、ラストの擬似裁判でしょう。ホームズが弁護人と裁判長の役を、ワトソンが陪審員の役を勤め、実に粋なはからいを見せるのです。
ランダル一味を心配するクロッカーの優しさと気高さ、そして、ランダル一味に嫌疑がかけられたら修道院屋敷の事件での無実は証明してみせるとするホームズの力強さ。ここは原作を越えたとしてもいいかもしれません。
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