マスグレーブ家の儀式書

 ホームズのカレッジ時代の友人、レジナルド・マスグレーブの家に伝わる儀式書をめぐる謎解き。グラナダ版のドラマでは、原作に加えて怖い味付けがしてあります。それもあってか、前半部でマスグレーブと語る楽しそうなホームズの姿も印象的です。マスグレーブ家の博学な執事、ブラントンについて「ピッコロについてあんなに語れるんだよ」と笑うジェレミー・ブレット(ホームズ役の俳優)の楽しそうなこと。

 今回の主役は執事のブラントンといってもよいかもしれません。博学にしてホームズも自分と同等の知性を持つ人物として、その頭脳を認めるほど。

ブラントンは主人のマスグレーブに隠れて、こっそりと儀式書を見ていました。これを目撃され、猶予期間の後に解雇されるはずだった執事は突然、失踪してしまいます。

 マスグレーブはどこにいるのか。執事が興味を抱いていた儀式書はなにを示しているのか。

 儀式書の謎解きにもかかわるマスグレーブ家の屋敷と庭の美しい映像も見所。ロケ地を探すのも大変だったことでしょう。

 日本放映版はグラナダのオリジナルからカットしてあるシーンがある(おそらく放映時間の長さ・尺の都合)のですが、今回は冒頭の小屋にいるブラントンの場面でだいぶ削っています。

 直接的な性的描写で、私としてはホームズの世界観にそぐわない印象を受けました。日本で放映されたのはNHKなので、なおさら、ここはカットしなくてはならなかったようにも感じます。もちろん、原作にもありません。

 ただ、これがドラマとして不要かといえば、短い時間で複数の登場人物の関係性を提示しているので、なかなかうまい手でもあるので悩ましいところです。

 原作と違う箇所でいえば、ブラントンを巡る二人の女性の出番が多くなっているところ。




【ネタばらし見所解説】



 儀式書はある宝物の隠し場所を示す暗号。暗号を解読しながら屋敷を進むホームズの姿にドキドキします。特に水路(川?)を渡る船の上で、ホームズが立っている姿が印象的。「あれ、この水路って原作にあったかな?」という疑問もあまり気にならないほど素敵です。

 もしかすると、この場面はロケ地に水路があったから製作陣がやりたくなって付け足したのかもしれません。

 水は原作にはないドラマ版の一つのキーワードで、池から死体が浮かび上がるラストシーンなどでも印象的に用いられています。このラストも原作と異なる部分です。

 個人的にこの作品の肝だと感じている【水平と垂直の動きの違い】は映像だとより鮮明になります。

 水平と垂直の動きの違いについてざっくり書くと、真相にたどり着くには水平面を移動するだけでなく、垂直の動きが必要だということです。

 儀式書の解読の前半部は庭(平面上)を歩き回ることですが、ワトソンが指摘した「そして下へ」が表すように最後は垂直への移動があって、隠し場所にたどり着きます。

 消えたメイドはどこへ行ったのか、という謎に対する回答も「死体が浮かび上がる」という上昇、垂直の動きによって提示されます。それ以前に視聴者は池に向かって疾走するというメイドの平面移動(水平の動き)を見せられています。

 疾走という点では、池で謎の金属片と小石(実は王冠)の入った袋が見つかる直前に、もう一人の女もメイドと同じように走っていることも興味深いです。

 隠し場所の穴の場面でも、カメラを穴の上(地上レベル・垂直移動前)に置くか、穴の中(地下レベル・垂直移動後)に置くかでいろいろなことが表現されているように感じます。

 一つ挙げるならば、穴の中にいるホームズが腕だけ出して発見した金貨をワトソンたちに示すシーン。このチャールズ一世の肖像のついた金貨は真相の象徴ともとれます。

 地下に隠されて誰も気がつかなかった真相を名探偵が押し上げて、地上にいる観察者(ワトソン・マスグレーブ)に示すというのは、謎解き小説の仕組みそのものではないでしょうか。

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