空き家の怪事件

 青い空を背景に画面中央にそびえたつ山からスタート。ワトソンの声のナレーションで前回の「最後の事件」について語られます。

 ここはもう「最後の事件」のネタばらしをしていいかと思いますが、前回、ホームズは宿敵モリアーティ教授と対決します。共に滝つぼへと落ちていく前回のクライマックスの場面からいつものオープニング映像へ。

 あけるとベーカー街221Bの扉の前がうつります。郵便配達らしき男がなにか投函する姿からワトソンのアップへ。

 今回からワトソン役はデビッド・バーグからエドワード・ハードウィックへチェンジ。ちなみに日本語吹き替え版の声の担当も長門裕之から福田豊士へと変わっています。

 書類仕事をするワトソンの姿に、ホームズが消えてからの想いを吐露するワトソンの語りがかぶさります。部屋を出ると、そこがワトソンの診療所だとわかります。診療所を出てロンドンの街を歩くワトソンはベーカー街221Bの前まで来て、馬車を呼び止めます。

 この映像が流れる間もワトソンの声で「最後の事件」の後も犯罪に興味を抱き、ときおり、警察医として捜査協力していることが語られます。

 場面は変わり、今回のロナルド・アデア事件現場。ワトソンを待っていたのは、おなじみレストレード。ホームズがいればこの事件にも興味を持っただろう、やり方に問題はあったがホームズは自分を出し抜くこともあったほど優秀だった、惜しい人をなくした、と語るレストレードがかわいい。

 捜査協力の一環で検視法廷に出たワトソンが、議長(法廷なので裁判長?)に「事実の確認が目的なので、45口径のリボルバーなどと医者のあなたが推測をするな。武器の特定は警察の仕事だ」とたしなめられる場面はドラマ版ならではの見どころの一つ。

 この議長が書類を確認しないとワトソンの名前を言えないという設定もいいです。独特のおかしみを加えているだけでなく、ワトソンがホームズの相棒ということが認識されていない、ホームズの活躍が人々の記憶から消えていると匂わせる効果もあり、面白い。

  議長役もいいのですが、今回の役者陣のMVPはこの後、法廷を出たところでワトソンがぶつかる本屋の主人でしょう。




【ネタばらし見所解説】






 今回のエピソードは大きく三つにわかれます。アデア事件と、ライヘンバッハの滝で起きたことの真実と、タイトルにもなっている「空き家の冒険」。冒険ではなく、怪事件となっているのは日本放送版くらいでしょうか。

 ホームズは生きていたのです。さきほど触れた本屋の主人は実はホームズ。さきほどのお詫びをしたいとワトソンの診療所を訪れ、本棚に注意をひきつけている隙に変装をとくのです。

 帽子をとってアップになるまではホームズとわからない、もしかしたら、帽子をとってからもわからないようになっているのは、カメラワークと演じるジェレミー・ブレッドの演技力とメーキャップスタッフの腕でしょう。

 結局、滝に落ちたのはモリアーティだけ。筆者の所有している日本語吹き替え版では、ここで「日本の柔術」が役に立ったとなっているのですが、原作では「バリツ」。ファンとしては「え、なにそれ?」となる人がいても、ここはバリツであってほしいところ。

 ライヘンバッハ滝パートでは、身を隠したホームズが滝で捜査をするワトソンたちを見て、「まったく見当はずれなことしてるな」とばかりにニヤリとするのもいいです。

 今回は鏡の演出が印象深いです。ハドソンさんが帰還したホームズを見つけるのが、鏡にうつったホームズの姿をとらえるという形なのもドラマならでは。鏡は空き家の冒険パートに入り、より効果的に使われます。

 窓辺でベーカー街を見張るシーンでは、鏡を使うことでホームズ(ジェレミー・ブレット)の表情を正面からも横からも見せるというテクニカルな技法があります。

 空き家に侵入者が入ってくる場面では、隠れて侵入者を見張るホームズとワトソンを鏡にうつすことで、入ってくる侵入者とそれを見ている二人を同時に一つの画面におさめてみせます。お見事。

 鏡ではないですが、ベーカー街で真相を語るときに拡大鏡(?)に逆さまのワトソンがうつっているというのもおしゃれ。

 空き家の関連では、水道からポタポタと水滴が落ちて音を立てていたり、道路が濡れていたりと雰囲気たっぶりで製作陣の気合いを感じます。

 伝説的な蝋人形のトリックは、映像で見るとどうしてもちゃちく感じてしまいますが、そこは許しましょう。これは活字と想像力でもってこそ説得力のあるものなのですから。

 空き家の階段に下見に来た時のものらしい足跡があったり、ホームズたちがのぼるときにきしむ音がすることを視聴者に示しておき、侵入者が来たときにきしむ音でホームズたちが気付くという手続きを踏まえていることも丁寧です。

 ワトソンが見つけた床屋の前にいる不審な二人組が、レストレードとその部下だったとわかるのもしゃれていていいです。こういう原作にない遊びを入れ込んで、全体的には原作の雰囲気に忠実にするというさじ加減がいいのです。

 ラストも見事。撃ち込まれた弾丸を探すホームズに、「これでしょ」とばかりにハドソンさんが弾丸を渡し、ホームズが「いやぁ、あんたはここには欠くことのできん人だ」とお茶のお盆をさげるハドソンさんのためにドアを開けます。

 その後、ハドソンさんはお酒(三人分)を運んできて、ホームズの帰還を「かくしてかの有名なホームズ氏はロンドンに戻り、再び事件の調査をするのでした」と、お伽噺の終わりのように語り、三人で乾杯して、その手のアップでエンドロールに繋げるのです。

 グラナダオリジナル版では映像がイラストになりますが、基本的には同じつくり。

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