選ばれた二人

 翌朝、雪菜は目を覚ます直前にFOX先生が何かを告げに来た夢を見ていた。

 FOX先生は雪菜が朝散歩をしているとたまに現れるキツネだ。そのキツネを見ていると、自然との調和というものを色々教えてもらえるような気がして、雪菜はそのキツネをFOX先生と呼んでいるのだ。


 夢から覚めて、日の出前に雪菜は薄めのダウンを着込み、お気に入りの秘密の場所の石の上に座ってみた。

 四月も十日程過ぎたが、雪菜の住む村の朝晩はまだまだ冷え込み、霜が降りる事も多い。今朝もかなり冷え込んでいる。吐く息は白い。


 FOX先生が現れた。

「あっ!」と思わず声が出た。いつものように「オス!」と挨拶した。FOX先生はこっちを見て数秒立ち止まり、何事もなかったようにトコトコと遠ざかっていってしまった。

「待ってよ」と雪菜は小さな声で言ったが、そんな声はまるで届いていないようだった。


 夢の中では違った。雪菜はさっきまで見ていた夢を思い出していた。

 FOX先生がすまなそうな顔をして雪菜の所にやってきた。雪菜がいつものように「オス!」と挨拶すると、FOX先生も「オス!」と返してきた。そんな事は初めてだった。ビックリしたのはカッコいい青年の声だった事。そして話し始めたのだ。

「雪菜、ごめん。オレは君を選んじゃったんだ」

 雪菜は顔が赤くなるのを感じた。これは告白されているのかな? と。しかし、FOX先生が続けた言葉がそれを打ち消した。


「これから話す事を信じるか、信じないかは雪菜の自由だ。

 大いなる者、それを神様と言うのかどうか分からないけど、オレら自然界に生きるモノ達が地球上で生きていられるのは、その大いなる者に生かされているからなんだ。

 人間も初めはそうだった。でも人間だけが火というモノを扱えるようになり、知恵というモノを持ち、だんだん自然界から離れていってしまったんだ。

 人間だけが、どんどんどんどん離れていってしまって自然界がどんどん壊され、人間の考え方も外れていってしまって、もう限界近くまできてしまった。

 大いなる者は、ずっとずっと我慢してきて、自然界と人間の生活の両立を試みてきたけれど、もうそれが出来ない所迄来てしまったと言うんだ。

 それでコロロンウイルスというウイルスを地球に一粒だけ蒔いたんだ。

 大いなる者は人間が生き残る為の最後のチャンスを与えた。これを皆が力を合わせて克服出来れば生き残る事が出来るだろうけど、克服出来なければ人類は滅亡する。

 もうそうするしかない所まで地球は追い詰められたって事なんだ。

 ここまで来ていながら人間達はまだ気づいていない。人間達がこれ程までに遠くに行ってしまった事に驚いた大いなる者はヒントを与えてあげる事にしたらしい。それでオレが呼ばれて、地球上の人間の中で誰か一人だけを選べと言われたんだ。その一人にその事を話せと言われたんだ。

 オレは雪菜を選んでしまった。ごめん。

 君は困るだろう、悩むだろうと思った。君が皆に白い目で見られるようになっちゃうかもと思った。

 だから、無理しなくていいんだ。

 でも、オレが雪菜を選んだのにはワケがあるんだ。雪菜は賢くもないし、強くもない。でも、きっと、雪菜なら、周りの人達が助けてくれると思ったんだ。とても一人で解決出来るような事じゃないから、助けてもらえるという事が大切なんだ」


 そう。そんな夢だった。そして雪菜はFOX先生を信じた。今、書いている事に意味を見つけた。きっと周りの人達が助けてくれると信じた。

 夢の中でFOX先生が話してくれた時、その声はカッコいい青年みたいだったし、キツネっぽくなかった。ずっとドキドキしていたな〜と思い出していると、さっき行ってしまったFOX先生が戻ってきた。

 

「オス!」

 夢と同じように、本当にFOX先生が話しかけてきた。雪菜が驚いて固まっているとFOX先生が言った。

「雪菜、ごめん。驚かしちゃって。大丈夫だよ。何でも話してごらん」


 雪菜は少し安心して話し出した。

「FOX先生、私、色んな事を聞きたいんだ。あなたは何者なの? 今朝の夢にも出てきて不思議な話をしてくれた。自然界の事もいっぱい知りたい。FOX先生が人間社会をどう思ってるかとか。勿論、私の事をどう思ってるかも……」


「オレも色んな話をしたいよ。でも今は時間が無いんだ。今何をやらなきゃいけないか。オレと雪菜が一緒になって出来る事をまずやろう。オレは神様に、あ、神様っていうと宗教っぽい物を感じちゃうかな? 大いなる物、ん? こっちの方が敬遠されるかな?」


「神様でいい」


「わかった。オレは神様に選ばれて、雪菜はオレに選ばれた。それだけの事。オレが神様に言われたのは、地球上の人間の中で誰か一人だけを選んで、コロロンウイルスについて一緒に考えるようにっていう事だけなんだ。オレは雪菜と同じ位何にも知らない。ただ、自然界の掟のような物は身についている」


「え? それだけ? 夢の中でFOX先生は『神様は人間が生き残る最後のチャンスとしてコロロンウイルスを一粒だけ地球に蒔いた』って言ってたよ」


「え? ほんと? もしかしたらそうなのかもな。でもそれは雪菜の夢の話だろ? オレは知らない」


「そっか。私がそんな風に想像しちゃっただけなのかな?」


「神様はそんな風に考えるかどうか分からないけど、人間が試されている事は確かだろうな。

 今、多くの人達がこの状況の中『今は我慢の時、少しでも早くまたあの日常を取り戻したい』って思ってるだろ? でもオレが言いたいのは『もとには戻れない』って事。現実に沢山の人が死んでいる。その人達に繋がっていた人も沢山いる。もとに戻れないだろ?

 そこに追いやったのは、そして今もそこに追いやり続けているのは人間達だろ。

 戻れないけど、食い止めろよ。今すぐに。どんどん広がっていくぜ。それでいいのか? 何かを変えろ‥‥‥

 オレはそう思う。だから雪菜と一緒に考えたいんだ」



 今日も雪菜とFOX先生がお話をしている。

「な、雪菜。一つお願いなんだけど。そのFOX先生っての、やめてくんない?」


「え? うん。何かさ、FOX先生と話てると彼氏と話してる気分になっちゃってさ」


「だから〜、やめろって」


「何て呼べばいいかな? ふぉ、ふぉくす‥‥‥に近い名前‥‥‥んー、ふぉくと、ほくと、北斗は?」


「おっ!カッコいいね。北斗。

 でさ。これって人災だとオレは思ってるんだ。だから、例えコロロンが終息しても、人間が何かを変えなきゃ、また同じ事が繰り返されるはずなんだ。

 もしくは、人間が本当に愚かだったら、人類滅亡しちゃうと思うんだ。

 自然界って人間が思っている以上に、雪菜は凄いって思ってるはずだけど、それ以上に、いやオレが思っている以上にうまく繋がっている所なんだ。そして科学なんかでは解明出来ない物だらけだ。ウイルスの事だってハッキリとした事が分かるはずがない。ある程度の予測は出来るかもしれないけど、この先どうなるかなんて誰も分からない。

 コロロンに関してオレが危惧しているのは、少しずつ変わっていく事。最初の頃の患者に見られなかった症状が今現れ出しているだろ? コロロンは人間達の行動を見ながら、数を増やしたり減らしたり、変容したりしているように見えないか?

 人間はコロロンとの戦いに勝利しようと頑張っているように見えるけど、コロロンは人間に『早く気づけ気づけ』と訴えているような感じもする。

 たぶん雪菜が『神様が種を蒔いた』って想像したのと同じ事だと思う」


「感染していても無症状、目に見えないって所が厄介だよね」


「そこなんだよ。オレが一番大切だと思ってる所はそこ。人間はどんどんどんどん目に見える物しか信じなくなってきてしまっているだろ? 見えない物を見ようとしなくなってきた。そこに大きな落とし穴があると思うんだ。

 見えない物を見ようとする事。

『自分は症状が現れなくても感染しているかもしれない』という思いを持って人々が行動するようになってきている。これをきっかけに、あらゆる場面でそういう行動、思いやる事が出来るようになったなら、コロロンは一つ成功したと考えるんじゃないかな?

 あ、実際は考える事は出来ないと思うけど、条件反射みたいにウイルスが攻撃を弱める、みたいな感じ。あると思わないか?」


「そうそう。人間がどういう思考や行動をした時にコロロンが怒るか、優しくするかを見ていく事が大切だろうね。それは誰か一人の行動じゃなくて、もっと大きい社会としての行動」


「一人ではどうにもならない。力を合わせなきゃ。そして一人一人が出来る事をしなければ、きっとこれは乗り越えられない物なんだろうな」

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