コロロンウイルスと東京2020＋1

命とお金

　緊急事態宣言が出た後も、コロロンウイルスの感染者数は増え続けている中で、笹山家の食卓では今日もその話題で持ちきりだ。

　雪菜はイライラしている。

「あー、もうどうなっちゃうのかな？　命と経済、どっちが大切かなんて、グルグルグルグル同じ事をやり合ってて、まるで卵が先か鶏が先かって感じで取り止めない」

　母が真顔で言ってくる。

「そうね。卵と鶏、雪菜はどっちが先だと思う？」

　「うーん、鶏かな？」

　「でも、卵が無いのにどうして鶏が出来るの？」

　そんなやりとりが暫く続いていて、父親は呆れた顔をしながら黙々とご飯を食べている。

　おばあちゃんが口を挟んだ。

「お互い反発しあってばかりいても始まらないね。どっちかがちょっと譲って一緒に考えれば、お互い歩み寄れる事も多いのにね」

　雪菜が言った。何か怖い顔になっている。

「社会に不満を持ちながら、社会の為に働く人達がいて。生きる為にお金を稼がなきゃならなくて、その為に命を危険にさらしている人達がいて。変だよね。

　命とお金を天秤にかけたらどっちが大切か。好きな事をやり続ける事と大切な人の命を天秤にかけたらどっちが大切か。みんな答えは同じじゃないのかな？」

　雪菜の話は止まらない。

「既にロックダウンしている海外に在住してる日本人のアスリートとかアーティストとかが盛んに発信してくれてるよね。このまま行けば私達の住んでる街が三週間後の日本だって。発信してくれてるのに、何で学ばないで同じ道を辿るんだろ？

　好きな事をやって死ぬなら本望と思っている人も居るかもしれないけど、そんな人達に言ってやりたい。貴方が好きな事をして貴方が感染して死ぬのは構わないけど、貴方は感染して発症しないのに、それが貴方の大切な人の命を奪ったり、悲しい思いをさせる事になるかもしれないって事を」

　興奮して早口になってきた。

「命と経済、命と好きな事の両立、出来たら苦労しないけど、もう両方取るなんて出来ない所迄来ちゃってるんじゃないのかな？

　社会や経済の事、私は勉強不足だし、よく分からないけど、お金を出せるなら必要な人にバーンと出してくれたらいいじゃん。出せないならいっその事、お金なんて世の中から無くしちゃえばいいのに。お金の事、私、大嫌い！」

　母親が口を挟む。

「賛成、賛成。お金があるから世の中おかしな事になっちゃうのよね。だって大昔の人達はお金なんか無かったのにみんなちゃんと暮らしてたでしょ？」

　おばあちゃんも言う。

「働ける人が働いて、全ての人に本当に必要な物は手に入るように、みんなが助け合って暮らしていければいいのにね」

　お金を無くそうという話題で女三人が盛り上がっている中、父親がボソッと行った。

「そんなに簡単に言うな」

　それに対して母親がほっぺたを膨らませた。

「国会で述べてるワケでも無いのに、思った事口にしちゃいけないの？」

　女の集まりは強い。父親はまた黙ってしまった。

　雪菜は知っている。お父ちゃんは私達女三人よりも、ずっと社会や経済の事を理解している事を。私達は能天気に言ってるけど、そんな簡単な事じゃない。

　就寝時間になって、お金が無かった昔の時代風景や、沢山のお金が国民みんなに配られている風景を思い浮かべているうちに、夢だか現実だか分からない世界が訪れてきた。

　何故か友也君が白衣を着て理科室みたいな所で色んな物の重さを量っている。雪菜がそこに現れた。

「あっ、友也君何やってるの？」

「あっ、丁度良かった。色々と量りたい物があってさ。雪菜ちゃん、ちょっとこの天秤に乗ってくれない？」

　雪菜と友也は初対面の筈なのに、全く違和感が無い。

「乗ればいいんだね」

　雪菜は用意された大きな天秤の一方に腰をかけた。すると友也は札束とかコインとかを何処からか沢山集めてきて、天秤のもう片方の皿に乗せ始めた。

「あー、出来るだけ沢山集めてきたんだけどな。全然足りない。ごめん、ごめん。命の重さ、今のオレには量れないや」

　そんな事を真面目に言っている。雪菜も「大金持ちになれば量れるのかな？」なんて真剣に考えている。

　ビクッとして目が覚めて「変な夢」と思いながら再び眠りに落ちた。