我慢出来る物と出来ない物③〜兄編〜

「お兄ちゃんだったら何て答えてくれるかな?」

 雪菜は凄く聞きたくてたまらない。

「でも忙しそうだし迷惑だろうな‥‥‥絶対返信してくれないだろうな‥‥‥そんな事より、まだ仕事行ってるのかな?‥‥‥神奈川も緊急事態宣言が出てるのに、あの役所はまだお兄ちゃんを通勤させてるんだろうか?‥‥‥本当に大丈夫なのかな?」

 

 考えれば考える程気になってくる。

「返信来なくても、既読マークが付けは生存確認出来るし、出しちゃえ」

 そう思って、朝、雪菜は兄の透にLINEした。生存確認だなんて笑われるかもしれないけれど、雪菜は真剣だ。まあ、何かあればヘルパーさんから連絡はあるはずだけど、雪菜には兄がギリギリの所で頑張っているように思えてならなかった。

 透はあまり携帯を見ないのか、既読マークが付くのがいつもえらく遅い。それは分かっているのだけど、雪菜はいつも何回も確認してしまう。


 お昼ご飯時、いつものように笹山家は四人で食事をしながら、会話が弾んでいた。

 雪菜はしきりに携帯を確認している。

「ねー、この前からの質問、お兄ちゃんにもしたくてLINE入れたんだけど、まだ既読マーク付かないんだよね。まあさ、忙しいから仕方ないと思うけど、お昼休みとか携帯見ないのかな? こっちは心配してるのにさ。既読マークだけでも付けば何か安心出来るのにな〜。

 その点、友也君なんかメッセージ入れるといっつもすぐ返信くれるよ。忙しい時は『ごめん、今忙しいから後でメッセする』って。で、あとからちゃんと返信してくれる。めっちゃやりやすい」


 母親が笑っている。

「いっつも暇なんじゃないの。携帯ばっかり見てるとか。透はね、忙しいのよ。そんな、いちいち携帯とか気にしてたら大変よ。透はひとつひとつの動作に私達より何倍も時間かけなきゃならない事が多いんだから、一日が24時間じゃ全然時間が足りないはずなのに、その中でよくやってるわ」


 「まあ、そりゃそうだけど」

雪菜はほっぺたを膨らませている。

「でも友也君は忙しい人なの。仕事バリバリしてるし、忙しいはずなのにみんなが喜ぶような投稿いっぱいしてくれて、凄いんだから」


 母が冷やかすように言う。

「もしかして彼氏なの?」

 雪菜は膨れっ面を向けた。

「そんなわけないじゃん。ただのFB友達で、会った事もない」

 母は驚いた顔をした。

「え? 会った事も無いのに友達なの?」


「そう。随分前に輪子が友也君の投稿をシェアしててさ。凄く共感したからコメント入れたら、友也君が友達リクエストくれたの。で、友達になったってわけ。でもそんな簡単に誰とでも友達になったりしないよ。会った事ないのに繋がってる人は三人だけだよ」

 母は「ふーん」と言った。


 おばあちゃんが口を挟んだ。

「なんだか楽しそうでいいじゃない。そんな時代なんだね」と。


 雪菜は真顔になった。

「そんな事はどうでも良くって、お兄ちゃんの事なんだけど。心配じゃないの? あんな所で働いてて大丈夫なのかな? 職場の人達は気を使ってくれないのかな? せめて在宅勤務にしてくれるとかさ。お兄ちゃんだって自分から言えばいいのに」


 母はこっちに顔を向けた。

「そりゃ、お母ちゃんだって心配よ。心配で仕方ない。お父ちゃんもおばあちゃんも心配で仕方ないけど、透を信じて任せているわ。

 だって社会に出る為にあんなに頑張ってリハビリしてきたのよ。自分で必死になって掴んだ仕事でしょ? 仕事を任されて、それを頑張ってやってる。それを止める事なんで出来ないと思わない?」


 雪菜は納得出来ない。

「だけどさ。そうだけどさ。コロロンにやられちゃったらどうするの? 仕事無くなったとしても元気だったら他に何でも出来るじゃん。それにさ、役所なんだから、お兄ちゃんの仕事を安全に出来るように考えてくれるのが普通じゃないの?

 もっとさ。職場だけじゃなくってさ。世の中の人がもっと気遣ってくれればいいのにって、いっつも思うよ。コロロンが蔓延している中で、お兄ちゃんみたいな人を気にしてくれる人って全然いないような気がする」


 母も同調した。

「そうね。でも、私達だって、透が事故に会ってなかったら、そういう人達の事を考えてもみなかったんじゃないかなって思うの」

 雪菜は反論出来ない。

「んー‥‥‥確かに‥‥‥」


 父親がボソッと言った。

「透はバカじゃない。ちゃんと考えてる」


 少し沈黙が続いた。

 気まずい雰囲気にならないようにと、雪菜が話を戻した。

「返信してくれるかな〜。私が十回LINE出して、そのうち一回返信がくれればいい方だからな〜」


 母が笑った。

「透はどうでもいい事には返信しないんでしょ」

 雪菜はまたほっぺたを膨らませた。

「どうでもよくなんかないのに〜」


 母は真面目な顔をした。

「いざとなったら頼りになる子よ」

 父が続けた。

「オレの子だからな」

 表情を変えずにいつも真顔でボソッと言う父親を見て、三人は顔を見合わせて笑った。


 その日は結局既読マークは付かなかったが、翌日、朝一番に携帯のLINEを開くと、既読マークが付いていた。雪菜はほっとしたけれど、やっぱり何も書いてくれていなかったので、ちょっとガッカリした。

「もー、一言でも入れてくれたらいいのに」と。でも心がちょっと軽くなった。


 それから三日後、雪菜の携帯が「ライン〜♪」と告げた。

 誰からかな? と思って見ると「笹山透」と画面に出ていたのでビックリして慌ててLINEを開いた。


 いっつも一行かニ行しか入れてくれないのに結構長い。雪菜はドキドキしながら読んでいった。

「ごめん、忘れてた。

 んじゃなくて、やっと自分の時間出来た。今日から在宅勤務になった。

 好きな事‥‥‥今は今の仕事。

 出来なくなったら‥‥‥出来なくなっても我慢出来ると思うけど他の仕事探す。

 我慢出来ないのは‥‥‥障害者だからって特別扱いされる事」


 雪菜は読みながらドキドキしていた。この前家族で話していた事を少し思い出していた。周りのみんながもっと気遣ってくれるべきだって思ってたけど、特別扱いは我慢出来ない事なんだ‥‥‥

 気遣いと特別扱いは少し違うと思うけど、その境目は難しいな。職場のみんなが出勤している中で、お兄ちゃんは特別扱いで在宅勤務にさせられて、悲しんでいるのかな? と思って携帯画面を睨んでいると、「ポンっ!」という音がして続きが送られてきた。


「あ、上司に『在宅勤務にするか?』って聞かれてオレが希望した事だから」

 あ、そうなんだ、良かった、と雪菜は思った。

「ありがとう。気をつけてね。何かあったら必ず連絡してね」

 それだけ出した。雪菜は鼻歌混じりに台所に向かった。

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