我慢出来る物と出来ない物②〜友達編〜

「好きな事、我慢出来るか? 我慢出来ない事は?」

 一人一人のそんな事に興味が湧いてきて、雪菜は翌日何人かの友達にLINEで質問し、その返信を見ながら頷いていた。

「なるほど、なるほど。捉え方はそれぞれだけど、中々面白い。そうだ、輪子にも聞いてみたいな。迷惑かな? でも一応聞いてみよう」

そう思って輪子にLINEを入れてみた。


「輪子、お久しぶり〜! 元気にしてる? 何か世の中大変な事になっちゃってるけど、輪子はちゃんとトレーニング出来てるの? 忙しいだろうから、もし時間あって気が向いたらでいいんだけどね。

 ちょっと今、書き物してて、何人かの友達に聞いてるんだけど『貴方の最も好きな事は何か。その好きな事を出来なかったら我慢出来るか。貴方の我慢出来ない物は何か』教えてくれる? 難しく考えないで、インスピレーションでいいんだ。あっ、無理しないでね。ホント、気が向いたら返信お願いね」


 輪子は雪菜の大学時代の親友。自転車のマウンテンバイクの凄い選手だ。今、東京オリンピックに最も近い選手。コロロンウイルスの影響で、選考対象レースが相次いで中止や延期となり、選考争いは持ち越しとなっているのだか、現時点で最も高いポイントを持っていて、代表はかなり確実視されている。


 すぐに返信が届いたので雪菜はびっくりした。

「雪菜、久しぶり〜。好きな事は勿論自転車に乗る事。う〜ん、乗れなかったら辛いけど、場合によっては我慢は出来るかな。で、なんかさ。今、色んなモヤモヤがあって、書くの面倒だから、電話しちゃっていい?」


 雪菜は「OK!」のスタンプを送り、「あ、こっちから電話するよ」って入れようとしたら、その前にもう電話がかかってきた。


「もしもし〜」と輪子。

「あ〜、輪子。ごめん。こっちから電話するよって入れようとしたら電話きちゃって」

「いいよ。このままで。何か雪菜と話したら、ちょっとスキッとするかな? って思って。今、電話大丈夫なの?」

「勿論」


 二人で話すのは久しぶりで、輪子は話したい事が溜まっていたようだ。

「好きな事、とか我慢出来ない事とか、最近割と考えててさ。今、自分はどうするのが一番いいんだろうとかさ」


 雪菜も色々話したかった。

「オリンピック、延期になっちゃったし、色々大変だよね。トレーニングはちゃんと出来てるのかな? ってちょっと心配してたんだ。でも、緊急事態宣言出された都市に住んでなくて良かったね」

 輪子も長野県に住んでいる。同じ長野県といっても、長野は広いから、雪菜の住んでいる所から車でニ時間はかかる田舎町だ。


 輪子がちょっと困ったような声になった。

「まあね。でもそんな単純な物じゃないんだよね。ここで自転車乗ってて感染したり感染させるリスクって、今は凄く小さいと思うんだよね。ただ、みんな「stay home」って叫んでて、怪我のリスクだって無いわけじゃない。医療機関に迷惑かける事出来ないし。みんなが我慢して自粛頑張ってるのに、自転車乗ってても楽しくないんだよね」


 雪菜はちょっと意外に思った。

「そっか。でも、オリンピックに向けて頑張ってほしいな。だって大学の時『東京オリンピックに出るんだ』ってあんなに頑張ってたじゃん。練習出来る環境にいるなら、怪我には細心の注意払ってやっていいんじゃないの。『スポーツ選手は実力だけじゃなくて、運がすっごく大きいんだ』って輪子言ってた事あるし、この環境を手に入れてるのは輪子の力と運なんだから、活用すれば? それに非常事態宣言が出された所に住んでる人達にも差をつけるチャンスなんじゃないのかな?」


 輪子の声にはいつもの明るさが無い。

「うん。そんな風に考えてもみたんだ。私はオリンピックに出るんだから、それっ位の気持ち持たなきゃ、って思ったりもしたけど、ダメなんだよね。外走ってて楽しくないし、頑張ろうと思ってもスイッチ入んないよ。でもね、安心して。室内トレーニングとか頑張ってるから。嫌いだったローラーも乗ってるよ」


「え? 輪子がローラー乗ってるの? 大学の時はあんなに嫌ってたのに。雨の日とか、他の部員はみんなローラー乗ってても、輪子だけは『雨の中も気持ちいいよ』なんて言って外走りに行ってたじゃん。そんなさ、嫌いなローラー乗るなんて、運が悪い人達に気を使わなくていいんじゃないの?」


「気を使ってるわけじゃない。何でか分かんないけど理屈じゃないんだよね。自分に言い聞かせても本心じゃないって思っちゃって楽しめない。

 ローラーが楽しいか? って聞かれたら、楽しくはないけど、でもちゃんと集中してちゃんと練習出来る。楽しいと思えずに、集中も出来ずに外乗るより、よっぽど気持ちいい。

 大学一年の時、鎖骨折って、ちょっと複雑な折れ方で三ヶ月間全く自転車に乗れない時があって、その時は強制的にローラーと補強運動ばっかりの毎日だった。それしか出来なくなったらそれに集中出来るし、あの時だって充実してた。

 それに、怪我が治って自転車に乗れるようになった時は最高に嬉しかったし、何かあのトレーニングのおかげで強くなれちゃったんだよね。

 あとね、今みんなが自分の健康に凄く気をつけてるでしょ? 私も免疫力が低下しないように、ガムシャラにやる事を避けてるんだけど、何か調子いいんだよね。無理にトレーニングするんじゃなくて、自分の調子に合わせてやってる。そこからまた見えてくるものもあって。

 だから今、実は強くなるチャンス貰ってるのかな? とか思って、室内トレーニング頑張ってるんだ。

 あ、でも安心して。こもりっきりじゃないよ。ちょっとは外でも乗ってるしランニングとかもしてリフレッシュしてるよ」


「そんなものなんだね。私はそんな輪子が好き。いいと思う」


 輪子の声が明るくなった。

「ありがとう。雪菜と話してるうちに、何となく自分でも自分の気持ちがちょっと整理出来て、今やってる事に自信持てる気がしてきた。

 で、雪菜が質問してた事。私は自転車に乗る事が最も好き。でも、乗らなくても我慢出来る。我慢出来ないのは『頑張れない事』かな? それも何か一人じゃなくて『一緒に頑張る』事が好きみたい」


 雪菜も明るい声が出た。

「あ〜、分かる。激しく同感!」


 二人共、話す事が出来て良かったなと思っていた。雪菜は輪子が電話を切ったのを確認して電話を切った。一年延期になった東京オリンピックで、輪子はきっと飛びっきりの笑顔を見せてくれるだろうと思った。


 雪菜は次にFB友達の友也にメッセージを入れてみた。彼の最近のFB投稿は「お家で出来る事シリーズ」で埋め尽くされている。雪菜もその投稿を見て、笑いを貰ったり励まされたりしている。

 彼の回答はこうだった。


「好きな事は、人を喜ばせるような投稿をする事。それが出来なくなったら、別の事で人を喜ばせる事を考える。我慢出来ないのは、それに対する批判。中にはいるんだぜ。『ウザイ』とか言う奴。『自分はそういう発信出来ないから、そういうの見ると逆に落ち込みます』とか言う人もいる。ま、無視してるけどね」


 雪菜は返信した。

「へー、そんな人もいるんだね。友也君、自分だって辛いのに、みんなの為にああいう投稿出来るのって凄いし強いなって思う」


 友也からまたすぐに返ってくる。

「自分、強くないさ。弱いから投稿してるのかもしれない。何か、みんなに喜んでもらえたり、いいね貰えたりする事で自分自身を励ましているのかも。

 それにしてもさ、今出回ってるあの歌凄いよな。月山元気つきやまげんきって天才だよな。押し付けがましくなくメッセージのこもった歌は心があったかくなるよ」


 雪菜は嬉しくなってすぐに返す。

「私もあったかくなれる。友也君だって負けてないよ。でも、そっか。それなら月山元気も弱い所があるからあんなにいい歌作るんだろうね。ありがとう。頑張ろうね」


 大きないいねマークが返信されてきた。


 その夜の夕飯の食卓を囲みながらの笹山家の会話は、雪菜がLINEやメッセージでのやりとりの事を話していた。

「ねー、何か面白いよね。でもさ、好きな事、殆どの人が我慢出来るって書いてきた。我慢出来ないのは精神的な物が多かったかな。

 面白いのもあったよ。『好きな事は食べる事。ある程度は我慢出来るけど、死ぬまでは我慢出来ない』とか『しょんべんは我慢出来ない』とか」


 みんなが笑った。

 母親が笑いながら言った。

「そりゃそうだけど、そんな事聞いてないよね〜」

父親のボソッとした声が聞こえた。

「我慢出来ないと思っている事でも大抵の事はいざとなれば我慢出来る。我慢出来ないのは生理的な事だ」

 少しの間沈黙が続く。

「んー、でも確かに……」

 みんなが納得した顔をしていた。

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