コロロンウイルスと東京2020＋1

プロローグ（ここからはフィクション物語）

①

　2020年4月6日

「東京都の一日の感染者数が百人以上の日が続いています。世界全体の感染者数は‥‥‥」

　毎日毎日、ずっとずっと繰り返されているコロロンウイルスが世界中を侵食していくニュース。

　Facebookを覗けば、「政府の対応が遅いんだよ」「生活していくにはに店を閉められないのが実情です」などなどと文句ばかりが並んでいる。

「もー、気がおかしくなりそうだー」

笹山雪菜（ささやまゆきな）はテレビの電源を切り、スマホの電源も切った。

　雪菜はカメラを片手に愛用のタビを履いて散歩に出た。

　長野にある静かな村の四月。まだまだ冬と春のせめぎ合いが続くこの頃。

　四月に雪がドカンと降る事も珍しくはないが、今日は風も穏やかで暖かな日差しが降り注いでいる。雪を被った八ヶ岳がくっきりと見える。

「やっぱりヤツは雪が似合うな」

　雪菜はいつもそう思う。

　真っ青な空を見上げると、ニ羽のカラスが仲良く旋回している。雪菜はカメラを向けた。

「んー、どこどこ？　どこにいるの？」

　カメラの覗き穴を見る、カメラから目を外してその位置を確認する、という動作を繰り返している。一瞬フレームの中に入ったと思ったら、またすぐに飛び出してしまう。何回かそんな事を繰り返し、ようやくフレームに入った瞬間にシャッターを切る事が出来た。

「やった！」

　そう思って再生画面を見るとブレブレだった。

「あー、もー、難しい！　カメラを外して目で見ている方がよっぽど面白い！」

　雪菜は写真を撮るのを諦めて、しばらくニ羽のカラスを目で追っていた。ニ羽のカラスのダンスは美しかった。ぶつかる事もなく、離れる事もなく、クルクルと回ったり、スーっと直線を描いたり。そこにもう一羽のカラスが加わって隊形が乱れた。

「え？　どうなるの？」

　ワクワクしたのも束の間、三羽のカラスはバラバラになって飛んで行き、視界から消えた。

　雪菜は今年、神奈川の大学を卒業したが、自分の進路を決めあぐねていて就職出来ず、とりあえず実家がある長野に戻ってきていた。実家の両親はそこでペンションを営んでいる。これから迎えるゴールデンウィークと夏休みは観光客が沢山訪れる季節である。

　いつもの年であれば……

「stay at home」が叫ばれている今、お客様を呼ぶ事が出来ない苦しみが続いている。多くの人々がストレスを沢山抱えてしまっている今、美しい自然の中でのひと時を過ごしてもらって、少しでも癒しを与えられたらいいな、そんな思いも掻き消さなければならない。感染拡大を少しでも防ぐ為に、今必要な事はやっぱり「stay at home」なんだろうなと心が痛む。

　実家のお手伝いが出来ればいいなと思っていた雪菜は、お手伝いどころか、このままここにいても食べさせてもらうだけになってしまうと焦っていた。

「仕事を見つけなきゃ」

　その思いに駆り立てられていた。突然襲われている世界的な危機で、みんなが苦しんでいる時に私が出来る事は何？　何？　何が私に出来るのだろう？

「小説家」‥‥‥

　高校の時、憧れていた事もあったっけ。大好きな小説があって、何回も読んでいた。作り話だとは知っていても、引き込まれて涙が出る。私もこの主人公みたいに頑張ろう！　って思える。読んでくれた誰かが笑顔になれたり、勇気を持ってくれるような小説を書く事が出来たら、どんなに幸せかな。そんな風に思っていた。

　だけど、同時に小説家の世界は甘くない、それでご飯を食べていける人なんて、極々僅かな人達しかいないっていう事も知っていた。

　実際にちょっと書いてみた事もあったけれど、書く事の難しいさも痛感していた。頭の中には書きたい事、伝えたい事が色々あっても、上手く言葉にならず、物語が上手く展開していかずに、書ききれない物ばかりが溜まっていった。

「無理！」

　そう思って何回投げ出してしまった事か。こんなの職業に出来るはずないじゃん、そう思って投げ出したんだった。

「その投げ出した物をもう一度やってみようかな？」

　雪菜はふっと思った。小説は現実と違って自由に作れる。今この世界で苦しんでいる人達に、私の小説が少しでも力を与える物になるかもしれないと思った。

　今のこの世界の状況を小説にして、世界の人達が心を一つに合わせて頑張って、今迄と違った新しい世界観が生まれ、平和な元気な世界が戻ってくる。そんな設定にして書いてみようかな？　と考えた。