第17話 初ライブ!

「よっし、そんくらい自由に出せりゃもう大丈夫でしょ」

「も、もうクタクタなんだけど……」

 五分ほど練習をすると、美羽はすでに炎を使いこなしていた。彼女の感情に左右される炎は扱いやすいものだったらしく、一度コツをつかんでからは琴葉も何も言うことがなかった。

 息切れを起こしながらも、美羽はどうにか立ち続ける。

「うっし、いけそう?」

「クタクタだって言ったよね!?」

 平然と行こうとする琴葉を、美羽は必死に抑えとめる。腕をつかむと、何かを懇願するように琴葉の顔をじっと見つめた。

 しかし、それも想定済みだったのか、琴葉はつかまれた腕を強引に引っ張る。能力も使っているため、美羽はそのまま引きずられていった。

「ちょ、琴葉ちゃん!」

「大丈夫大丈夫。まだやれるでしょ?」

「もう……わかったよ」

 こうなった琴葉はもう止められない。それは美羽自身が一番わかっていた。観念し、彼女の手を離す。

「ほら、普通にライブやると思えばいいんだから」

「で、でも慣れない環境だし……クタクタだし……琴葉ちゃんが順応しすぎてるくらいだよ?」

「うるせー!」

 二人に、自然と笑顔が生まれた。肩の力が抜けていく。

 思えば、こんな風に心から笑いあったのはいつぶりだろうか。その事実だけでも、美羽は十二分にうれしかった。

「さてと、それじゃいくよ!」

「うん!」

 顔を見合わせる。そして、彼女たちは再びオークの縄張りへと駆け出した。



「うおぉぉぉぉ!」

 琴葉たちの登場に、オークたちから叫び声が聞こえた。それは、ファンの歓声のように聞こえ、二人の力となる。

 琴葉の可能性を自身たちの目で確認したからだろう。オークたちは、先ほどのように見下したような態度を取ったりはしない。

「えー、皆さんこんにちは。地下アイドルをやらせてもらってる島原美羽と」

「三宮琴葉でーす!」

 彼らの視線が一点に集まる。未知の体験に、オークたちも二人の出方をうかがっているようだ。

 そんなことなど気にも留めず、美羽とMCは続いていく。

「今日は魔物さんたちの前でライブができるということで、張り切ってやっていきたいと思います! それでは一曲目」

 そういうと、美羽はスマホに入っている音楽を再生した。軽快な演奏が、広場全体に響き渡る。

 未知の音に、オークたちはざわついた。しかし止める気はなく、彼女たちが次に何をするのか。それを期待しながら眺めている。

「……つないだ絆が、ほら!」

 一曲目は無事に終了した。ただ一つ、コールも拍手もないところを除いてだが。そんなものはハナからないのだろうと、美羽たちはたかをくくっていた。

 魔法のような時間に、オークたちは言葉を失っていた。胸の内からこみあがる思いの正体に気づけず、動揺するものまでいる。

「ありがとうございましたー! この調子で、二曲目いっちゃいます」

 間髪入れず、次の前奏が始まった。アップテンポな曲は、次第にオークたちの心をわしづかみにしていく。

「な、なんかわからねぇが……俺楽しくなってきやがった」

「俺もだ!」

「俺も」

 一体がそういうと、連鎖するように皆が言った。それに気づいた二人はさらに畳みかける。

「セイホー!」

 もちろんコールは返ってこない。突然投げかけられたあおりに、オークたちはどんな反応を示してよいのかわからなかった。

「セイホー!」

 もう一度美羽があおりを入れる。すると、どこからかコールが返ってきた。オーク達ではない。じっと固まって動けないでいたマモPだ。即座にコールを理解した彼は、美羽たちの期待通りの言葉を投げかける。

「ほー!」

 突如声を上げたからだろう。オークたちの視線も彼のほうに集まった。マモPはまたもや委縮していたが、すっかり敵意の抜けたオークたちの顔を見ると、ほっと胸をなでおろした。

(あいつ……まだいたんだ)

 魔物ピーのほうを一瞥し、すぐに視線を戻す。彼のアシストに感謝しつつ、琴葉は三度目のあおりを入れた。

「セイホー!」

 一度反応がわかると、あとはもう簡単だった。人間にも負けないすさまじい声量のコールがこだまする。気づいたころには、ライブハウスで行うライブと変わりない……いや、それ以上のものになっていた。

「まだまだいくぞー!」

「「うおぉぉぉぉぉ!!」」

 熱気はどんどん高まっていく。その勢いは、いつものライブとは比にならないくらいだった。

「よっし、美羽!」

 琴葉の合図とともに、火柱が上がる。普段ならオークたちが最も警戒すべき攻撃手段であるのだが、それよりも高揚した形容しがたい感情が彼らの心を惹きつける。今この時ばかりは、彼らもそれを忘れて盛り上がった。

 そして、大盛り上がりの中、ライブは終了した。二人は、かつてないほどの満足感に包まれていた。

「「ありがとうございましたー!」」

 オークたちの歓声がこだまする。ひりつくような殺気は、今やみじんもない。後に残ったのは、未知の体験をしたことへの充実感と、ライブで盛り上がったあとの得も言われぬ虚脱感だけであった。

「あ、アンタたちすげえよ……こんなの見たことがねぇ」

「最高だぁ!」

 われんばかりの賞賛が向けられる。その中で一体、リーダー格のオークだけはうなったままピクリとも動かない。

 歓声がやむと、二人に緊張が走った。時間にして一分となかったが、再び襲う重苦しい雰囲気は、彼女たちの体感時間を何倍にも感じさせた。

「…………こ、これが」

 ようやく口を開く。うつむいているせいで二人からは表情が見えなかったが、プルプルと小刻みに震えていることだけはうかがえた。

「これが……アイドル!!」

 勢いよく顔を上げる。泣き崩れ、先ほどまでの威厳はどこにも感じられない。

 二人は安どする反面、拍子抜けしたような気分になった。さっきまで自分たちが脅威に感じていたオークはどこに行ったのか。もはや別人ではないか。ますます魔物のことが分からなくなってくる。

「おい、おめぇら! わかってんな!」

 リーダー格のオークが叫ぶと、たちまち彼女たちを囲みこんだ。

 突然のことに、二人は息をのむ。さっきまでの言葉は嘘だったのか。心臓の音が嫌に大きく聞こえた。

「どうするの!? なんか囲まれちゃったけど」

「Pは頼りにならないだろうし……ここは正面から逃げ出すしか」

 二人は覚悟を決める。ライブの後で疲労はたまりきっているが、死ぬよりはマシだ。その一心で、駆け出そうと姿勢をとった。

「「……へ?」」

 急に体勢を崩す。それもそのはず。正面から突破しようと考えていたオークたちが、二人を取り囲んだまま跪いたからだ。あまりのことに、体中の力が抜けていった。

「感動した。俺たちぁ、アンタらについていくぜ!」

 リーダー格のオークが告げ、頭を垂れる。それは従属になることを意味していた。

「ほかの腐った魔物の踊りなんかとはわけがちげぇ! アンタらのは最高の踊りだ!」

「これって……」

 二人は顔を見合わせた。あっけにとられた顔でしばらく見つめあっていたが、状況を呑みこむと、美羽が琴葉に抱きついた。

「ちょ!?」

「やった! やったよ!」

 ついには感動のあまり泣き出してしまった。それを見てオークたちは再び称賛の声を送る。自分だけが取り残されたようで、琴葉は双方を交互に見やった。

「なんか、親衛隊みたいね……」

 ポツリと琴葉がつぶやく。それをオークたちは聞き逃さなかった。

「シンエータイ……」

「シンエータイ!」

「シン・エー・タイ!」

 無邪気な子どものように叫び続ける。

 こうして、オークたちが初めてのシンエータイとなるのであった。

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