第16話 あっつ!
「うっし、来たね」
恐る恐る足を運ぶと、琴葉はステージ衣装に着替えていた。装飾品を極力少なくし、へそを出した衣装。ベルトは腰回りのラインを強調し、そこから広がるスカートは踊るたびに様々な表情をみせる。二人がデビューした時から着ている勝負衣装だ。人間であれば見るものを惹きつけるこのデザインに、琴葉は勝機を感じていた。
「アンタもこれ着なさい。一回歌うわよ」
「歌うって、今ここで!?」
あまりの展開に美羽はあっけにとられる。しかし、琴葉はギラギラと燃える目で美羽を見つめていた。
流されるまま、美羽もステージ衣装に着替える。
(ホントに大丈夫なのかな……)
内心不安に思いつつも、琴葉の気迫に押される形で着替えを終えた。
着慣れた衣装も、場所が変わるだけで新鮮味を味わえるものだと美羽は感心する。ステージ以外で歌うことなどほとんどなかった彼女たちにとって、これは新たなる試みの第一歩となる。
「着替えられたわね。曲流せる?」
「だ、だだだ大丈夫」
美羽はおぼつかない手で、スマホを取り出す。曲の用意が終わると、琴葉のほうを見て軽くうなずいた。表情はまだ硬い。
緊張しきっている美羽に、琴葉は背中を叩いて喝を入れた。そのときだった。
「あっつ!」
とっさに手を引く。琴葉は慌てて手に息を吹きかけるが、特に異常はない。
美羽は何が起きたのかさっぱりわからなかった。
「どうしたの!?」
「あ、あんた背中……」
そう言われて、美羽は背中のほうに手を伸ばした。軽くさすってみるが、これといっておかしいところはない。ますます琴葉の言っている意味が分からなくなる。
「何もないよ?」
「そんなはず……いややっぱあっつ!」
もう一度、琴葉がおそるおそる手を伸ばすが、やはり美羽の背中は燃えているように熱く感じられた。自分の感覚がおかしいのか。琴葉はまず自分を疑ったが、その直後あることに気づく。
「……ねぇ、アンタ。ちょっと全身に力入れてみて」
「へ?」
とぼけた顔で美羽は言った。言われている意味が理解できないが、とりあえず彼女は指示に従う。すると、背中から大きな火柱が噴き出た。
「うわぁ!? 何よこれ」
「し、知らないよ」
自分の背中から火が出たという事実に激しく動揺する。こんなことは生まれて初めての経験だ。美羽はおびえきってその場にしゃがみこんでしまった。
「お、落ち着きなって。それも多分私のやつみたいなもんだから」
「琴葉ちゃんの?」
うっすらと涙を浮かべていた美羽がつぶやく。それが能力である確証など琴葉にはなかったが、異常なまでの体温を前に、彼女はそう結論付けるしかなかった。
「だって、アタシができてアンタができないってことはないでしょ。それにアタシとアンタで反応が違いすぎる」
「それは、そうだけど……」
これが病気などではないと、美羽は落ち着きを見せた。しかし、それでも彼女が安心したというわけではない。
不安に押しつぶされそうな表情を、琴葉は知っていた。
「マモPが言ってたでしょ。「筋肉がつくことがそんなに悪いことか」って。それと一緒。火を出せることがそんなに悪いこと?」
「琴葉ちゃん……それは暴論だよ……」
琴葉は笑みを浮かべていた。そこにただの琴葉はいない。不安がる自分の相方をも笑顔にする、アイドル三宮琴葉だった。
「わかったら練習! それ、ライブの演出に使うから」
パッとスイッチが切り替わった。いつもの琴葉が戻ってくる。切り替えの早さに、美羽は少しだけ驚きを見せるが、それも彼女らしさだと笑ってみせた。
「……もしかしてそれが狙い」
「うっさい」
思惑を当てられて、琴葉は顔をそむける。それを見て、美羽はさらに笑った。
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