第15話 広報活動

「……で、戻ってきたわけですが」

 三人はアイドル活動のため、意思の疎通が取れそうな魔物がいるという広場にいた。ここはオークたちの巣。比較的知能が高く、一層目の魔物の中では最も交渉に適している。マモPの情報を頼りに、二人はオークたちが戻ってくるのをじっと待っていた。

「おっそーい! いつ戻ってくんの!?」

「俺に言うな! じっと待つしかない」

 琴葉のいら立ちはマモPにも伝染していた。次第に空気が険悪になる。

 早く来ないものかと、美羽はハラハラしながら待っていると、どこからか地鳴りが聞こえてきた。

「来たぞ」

 マモPの言葉とともに、オークたちの影が見えてきた。三人はとっさに岩陰に隠れる。

「いやぁ、今日も大量っすねぇ」

「がっはっは! 俺様のおかげだなぁ!」

 耳をふさぎたくなるような、大きな声が響き渡る。彼らは三人には気づかず、今日の成果を誇らしげに語り合っていた。

 大きな岩場に集まると、オークたちは今日の成果を中央に集めた。そこには、美羽たちが苦戦していたイノシシたちの亡骸も混じっている。

「ちょ、ちょっと本気? あんなのに媚び売れっての?」

「あいつらがここらを仕切ってるんだ。どのみち避けては通れない」

 ひそひそと二人がつぶやく中、美羽は一人ピンチを迎えていた。

(は、鼻が……)

 オークたちが通ったときに巻き上がった土煙が美羽の鼻腔を刺激していた。必死に抑えようとするが、鼻は彼女の意思をくみ取ろうとしない。口が勝手に開く。

 そして、彼女はついに限界に達した。

「っくしゅん!」

「誰だぁ!」

 やってしまった。と思う頃には時すでに遅し。オークたちの視線が三人のもとに集まる。

「ちょっと何やってんのよ!」

「ご、ごめん……」

 つい琴葉の声が張る。ここまで来てしまってはどうしようもない。観念した三人は、オークたちの眼前へと姿を見せた。

「おい、おめぇら!」

 一際大きなオークの呼びかけで、ぞろぞろと別のオークが姿を見せる。その数なんと二十。絶望的な数を前に、美羽たちの顔から色が消えていく。

「さて、そこのゴブリン」

「ひゃ、ひゃい!」

 マモPの声が上ずる。彼は蛇ににらまれた蛙のように、固まって動けなくなってしまった。

「お前ら何者だ? ここらで見ねぇ顔だが」

 ドスの利いた声が、三人を刺す。激しい剣幕は、威圧だけで生命を奪えそうなほど鋭いものだった。下手なことを言えば一瞬で殺される。三人に緊張が走る。背中は、汗でぐっしょりと濡れていた。

「わ、わわわ私たちアイドルをやってまして……」

「あいどるだぁ?」

 オークたちがひそひそと話し合う。もちろん彼らの知識にもアイドルという言葉はない。聞きなれない単語に、オークたちはより警戒心を強めた。

「お前たち人間が何の用だ。ここはお前たちみてぇな軟弱物が来る場所じゃねえ」

「あんな人狼よりこいつらのほうが怖いんだけど!?」

 琴葉が二人に耳打ちする。二人も同じ気持ちだった。

「まぁ、いい。今日は機嫌がいいんだ。話くれぇは聞いてやる」

 それは場合によっては容赦なく殺すことを意味していた。一時的には助かったとはいえ、未だ明確な殺意が三人にふりかかる。

「どどど、どうすんのさ。誰が説明すんのよ」

「Pさんお願い! さすがにあれは怖い」

「お、俺か!?」

 ひそひそと話す様子は、次第にオークたちをいら立たせた。足をゆすり、彼らの返答をただ待つ。その振動だけで、周囲が小さく揺れている。

「おいまだか。早くしねぇと……」

「おぅふ!?」

 オークが言い終える前に、マモPが一歩前へと出た。というよりは、二人に突き出されたというほうが正確だろう。何も考えていなかったマモPはしどろもどろになりながらも説明を始める。

「か、彼女たちがいうアイドルとはですね。えっと、そのー……歌って踊る職業です!」

「歌に踊りぃ?」

 怪訝そうな顔でオークは言った。出会った頃のマモP同様、歌や踊りにいい印象を持っていない。だが、一体のオークが三人のもとに近づくと、足元からなめまわすように見回った。

「でも、こいつら顔はいいようだぜ」

 下っ端である彼は、ボスである大きなオークに告げる。その叫び声は、さらに三人を委縮させた。

「こんな乳くせぇガキがか?」

 ほかのオークたちが一斉に笑い始めた。自分の容姿を蔑まれたことに、琴葉の怒りのボルテージがまたしても上昇していく。

 それはだんだんと態度にも表れていった。無意識のうちに、人差し指でトントンとリズムをとる。指のリズムが早まるのに比例して、笑い声は大きくなっていった。

「琴葉ちゃん、我慢だよ、我慢」

 美羽がささやくも、彼女の耳には届いていない。

 これまで受けたことのない圧倒的なまでの嘲笑に、ついに琴葉の堪忍袋の緒が切れた。

「だー、もう! いい加減にしろ!」

 場の空気が一瞬にして凍り付いた。オークたちの視線が琴葉に集まる。一心に殺気を受けた彼女は、すたすたと衣装カバンまで歩みだした。

「こっち見るな!」

 琴葉の怒号が広場に響き渡る。圧のこもった声には、エーテルによる強化なのではないかとマモPたちに錯覚を覚えさせるほどだった。一種の兵器といっても過言ではない。彼らの殺気を真正面からねじ伏せていく。思わずオークたちもかたずをのんだ。

 カバンを持つと、琴葉は岩陰の向こうへと姿を消した。

(な、なに考えてるの琴葉ちゃん。というかこれ私どうしたらいいの)

 状況の移り変わりについていけず、美羽はすっかり取り残されていた。一人前に立ち振る舞おうとしていたマモPも、恐怖のあまり人形のように固まったまま動かない。

 オークたちは琴葉が再び戻ってくるのを待っていた。その間を、美羽はどうつなごうかと必死に考えていたが、彼らの興味はもはや琴葉に集まっている。

「なんだあの女は……」

「気が強いというだけではないな」

 圧から解放されたのか、オークたちが急にざわつきだす。そんなときだった。

「みうー! ちょっと来て!」

 琴葉の声だった。先ほどまでとは打って変わって、今度はオークたちに緊張が走る。そして、呼び出された美羽に視線が移った。

「い、今行く!」

 無数の視線から逃れるように、声のするほうへと走る。取り残されたマモPは、オークの重圧に一人耐え続ける。

「お、俺を一人にしないでくれ……」

凄まじいまでの圧にビビり散らしているマモPは、その場で死を覚悟するのだった。

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