第14話 ムッキムキ
「う……」
きしむ頭を押さえながら、マモPは目を覚ます。彼のそばには自分が崇拝してやまない美羽の姿があった。
視界がまだぼやけている。だが、背中に感じるごつごつとした感覚で、自分が今まで気絶していたことを彼は理解した。
「ここは……」
記憶が混濁していた。人狼と戦ったところまでは覚えている。しかしそれ以降の記憶が彼にはない。どこかへ逃げられたのだろうか。憶測を立てながら、彼はゆっくりと体を起こした。
「Pさん!」
気づいた美羽が、彼を思いきり抱き締めた。彼からは見えていないが、熱いしずくが頬を流れる。荷物の整理をしていた琴葉も、騒ぎを聞きつけ二人の元へとやってくる。口には出していなかったが、どこか安心したような顔をしていた。
「やっと起きたの」
「あ、あぁ……それよりあいつは!?」
段々と意識を取り戻したマモPは慌てて人狼のことについて尋ねる。二人は互いに顔を見合わせると、白い歯を見せて少しいたずら気味に笑って見せた。
「おい、どうなったんだ」
「まぁ、落ち着きなって」
ほれ、と琴葉が指さすほうを見ると、人狼の死体がそこにはあった。
「ほれって……えぇ!?!?」
想定外の事態にマモPは激しく動揺する。あまりの衝撃に、彼の意識は完全に覚醒状態になった。
(バカな……少し力が強いだけのやつが)
二人の戦闘力でどうやって人狼を倒したのか。皆目見当もつかない様子だ。
「どうやって……」
「アタシがぶっ飛ばした」
袖をまくり、琴葉は力こぶを自慢げに見せつける。外見に変化はないが、その実彼女の筋肉はとてつもない硬度になっていた。おそらくそれは先ほどマモPが言いかけたこと。
それを利用したのであれば、と考えもしたが、彼が実際に見たときの戦闘力を考えるとマモPはすぐに受け入れることができなかった。
(もしかしたら、やつは本当にすごいのかもしれない……)
琴葉が秘めている潜在能力の高さに、マモPは言葉を失う。
だが、それ以上に彼女が能力を行使することなど考えてもいなかった。悲観的になっていた彼女がそれを受け入れた事実に、彼は一つの成長を見る。
「使ったんだな」
「ま、状況が状況だったしね。これ以上はぜっっったいに使わない!」
それが琴葉の答えだった。結局はそういうことなのかとマモPは少しがっかりする。彼女の戦力があれば、ここの攻略だって楽々と進めるはず。それを自ら放棄してしまうのは、彼にとってはものすごくもったいないように見えるのだった。
「ねぇ、Pさん」
ふと、美羽が口を開く。マモPの容態に気を使いつつも、彼女はどうしても気になっていたことを問いかけた。
「琴葉ちゃんの筋肉って、鍛えられたからじゃないんだよね?」
意外だった。見下していたわけではない。むしろ彼は美羽のことを過大評価している自覚さえあった。しかしだ。真実を知らずとも、彼女一人の考えで謎に気づくとはマモPは思ってもいなかった。
キョトンとした顔の美羽と目を合わせる。何から話せばいいものか考えていたが、ある程度の道筋を立てると彼は語り始めた。
「そうだ。お前の力は鍛錬で身に着けたものではない」
琴葉と目が合う。彼女は食い気味に彼の話を聞いていた。珍しく子どものようなまっすぐな目で、彼の言葉を待つ。
「あー、こういう洞窟の中にはエーテルってもんがあるんだ。俺たちでいう食い物みたいなもんだ」
「エネルギーってこと?」
「そうだ」
エーテルとは大気中にある自然のエネルギーのことである。科学が発展してからは利用されることがなくなっていったが、古代では魔術などに使われることも珍しくなかった。神秘を放棄し、魔術が継承されなくなっていった現代では大気汚染などでその量は各段に減少したが、人間の侵攻が最低限に抑えられているおかげで、ダンジョン内は比較的エーテルの濃度が濃くなっている。古代までとはいかなくとも、人間が魔物たちと対等に渡り合える程度には、だ。
冒険家の強さの秘密。それはこのエーテルを駆使して肉体を強化したり、特殊な攻撃法を会得できるからである。
「つまり、お前が強くなったと思いこんでるのは取り込んだエーテルで強化を行っているおかげだ」
真実を告げられ、琴葉は言葉を失う。しかし、それとは裏腹に、表情はとても晴れやかなものだった。
「ってことは、私ムッキムキになったわけじゃない……やったー!」
(彼女なりの)アイドル生命がいまだに絶たれていないことを知り、琴葉は大いに喜んだ。マモPたちが見ていることも忘れ、地面をゴロゴロと転がりまわっている。
普段の行動とはかけ離れた喜びようにマモPは戸惑うが、そんなことなど気にも留めていない琴葉はすっと立ち上がった。
「よし、喜んだことだし早速次のフロアへ進むわよ!」
意気揚々と琴葉は先へ進もうとする。しかし、美羽が彼女を引き留めた。
「待って琴葉ちゃん」
「何よ」
不服そうに美羽を見る。美羽は、困ったように琴葉に問いかけた。
「あのさ……私たちここまで一切アイドルらしいことしてなくない?」
「うっ」
痛いところを突かれる。この調子であれば、アイドル活動など攻略を終えてからでもいいだろうと琴葉は甘く考えていたのだ。彼女の思惑など知らず、気まずそうに美羽は見つめる。
「どうせならさ、この辺りで一回やっておかない?」
美羽の純粋な瞳に、琴葉は反論する気も失せた。どうせやるのだ。なら最初でも最後でも構わない。琴葉はおとなしく美羽についていくことにした。
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