第11話 ゴリマッチョはNG!
「おっしゃー、またラピスラズリ!」
さらに奥へと進んだ一行は、せっせと鉱石を掘り集めていた。着々と鉱石を見つけ出し、衣装袋の中は衣装よりも鉱石の方が大きく居座っていた。
「ねぇ、琴葉ちゃん……そろそろ先へ進もう?」
いまだ元気に鉱石を採っている琴葉とは違い、美羽は息を切らしていた。ゴブリン改め、マモPに休むように促され、座れそうな岩に腰かけている。
「うっさいなぁ……こんだけありゃ、貧乏暮らしともおさらばできんのよ? 採れるだけ採るのが常識っしょ!」
何かキャラが変わってやしないかと不安になる美羽であったが、そんなことなど知る由もなく琴葉は作業を続ける。
その瞳はぎらぎらと輝いていた。
「そんなに欲しいものなのか?」
「まあねぇ……生きるって大変なのよ」
しみじみと美羽は語る。そんなものなのかと、彼女を見てマモPは思った。
(やはり人間というのはよくわからん)
やれやれといった様子で琴葉のことを眺めていると、不意に遠くから足音が聞こえた。それも一匹や二匹ではない。何かの群れである。
その気配をとっさに察知したマモPは、琴葉の作業を強引に止めた。
「ちょ、何すんのよ」
「黙れ、魔物の足音だ」
魔物という言葉に、琴葉も口を閉じる。三人に緊張が走った。
ぞろぞろと、不規則な足音が迫る。徐々に近くなる音は、多くの影を連れて美羽たちのもとへと現れた。
「ちょ、あんなにいっぱいどうすんのさ」
ひどく混乱した様子で琴葉は叫んだ。声こそ上げていないが、美羽も恐怖で顔が固まる。うっすらと涙もにじみ出ていた。
「ここは俺が何とかする。女神さまたちは隠れてろ」
そう言うと、マモPは二人の前に立った。先ほど手入れをしていた石の槍を携える。音はもうすぐそこまで来ていた。
「おりゃああああああっ!」
鬼気迫る表情で、魔物に襲いかかる。影から姿を見せたのは、イノシシの群れだった。その数は十匹にもなる。いくらゴブリンが戦えるとはいっても、この数を相手にできるはずがない。そう思ってはいたが、非力な二人には見守ることしかできなかった。
ゴブリンの攻撃が、先頭を走っていたイノシシに突き刺さる。限界にまで削られた矛先は、イノシシの頭を簡単に傷つけた。
「ぶるぁああああああああ!」
イノシシの地鳴りのような悲鳴が響く。先頭が止まったことで、のちに続いていたイノシシたちは勢いを止められずどんどんぶつかっていった。
「逃げるわよ!」
琴葉の合図とともに三人は走り出した。派手に事故を起こしたせいで、追ってくる様子もない。ひとまずは逃げ切ったと安堵した琴葉と美羽であったが、事態は少しも改善してはいなかった。
「……前からも、来る」
魔物ピーの言葉とほぼ同時に、別の魔物が姿を現した。人狼のようなシルエットの魔物は琴葉たちの姿をとらえると、真っ先に二人を狙って襲いかかってくる。
すんでのところでマモPが間に入るが、つば迫り合いになる。またいつ後方からイノシシたちが襲ってくるかもわからない。事態は一刻を争っていた。
「ど、どうすんのよこれ! ほぼ詰みゲーじゃない!」
「お、おおお落ち着いて! まだ終わったわけじゃないから……多分」
二人してパニックに陥ってしまい、まともな思考ができなくなる。恐怖感が、足音の幻聴を聞かせた。
「ええい、こうなりゃヤケッパチじゃぁ!」
「あ、琴葉ちゃん!」
美羽の制止を振り切って、琴葉は人狼めがけて駆け出した。こぶしを固く握ると、隙だらけの脇腹に直撃する。これでどうにかなるとは彼女自身思ってはいない。
(何もせずに死ぬなんて、それこそ死んでもごめんだっつーの!)
思いだけで、彼女はこぶしをめり込ませていった。
指が完全にめり込むと、人狼は体勢を崩した。それによって、ゴブリンがつば迫り合いを制する。人狼は激しい勢いで吹き飛ばされた。
「っしゃ! 今のうち」
言うと、琴葉は即座に逃げ出した。美羽とゴブリンも後に続く。力の限り走り抜け、ようやく安全であろう地帯にまでたどり着いた。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った」
げっそりとした表情で琴葉が口走る。汗にまみれた顔が、すべてを物語っていた。
「あ、ありがとうね……琴葉ちゃん」
壁に手をつきどうにか立っている美羽が告げる。
その言葉は予想していなかったようで、琴葉の眉が少し上を向いた。
「別に、礼を言われるようなことなんてしてないわよ」
照れくさそうに頬をかく。それを見て、美羽はにっこりと口角を上げた。
「でも、琴葉ちゃんが飛び出していかなかったら私たちとっくに死んでたかもしれないんだよ? ね」
「そうだ、お前はもっと誇っていい」
向けられた同意をゴブリンは素直に認める。それこそ琴葉の想像していない反応だった。恥ずかしさと誇らしさで表情筋が緩みそうになるのを必死にこらえる。
「ま、まぁ? アタシにかかればこんなもんよ」
ごまかすように威勢を張る。しかし、なぜ食い止めることができたのか。彼女自身、それが一番の謎だった。
(そんなはず……ないよね)
おそるおそる二の腕を触る。彼女の悪い予感は見事に的中した。
「ぎゃああああああ!」
「ど、どうしたの?」
慌てて美羽がそばに駆け寄る。心配そうに琴葉を見つめていたが、どこにも異常が見られないことを確認すると、彼女が落ち着くのを待っていた。
「……たの」
「え?」
琴葉が何かをポツリとつぶやく。うまく聞き取れなかった美羽は聞き返したが、顔を俯かせたままじっと動かない。しばらくすると、琴葉はプルプルと小刻みに震えだした。
「筋肉がついたの! 腕に! ほら!」
これ見よがしに腕を美羽の眼前に差し出す。促されるまま彼女の腕を押すと、岩のように硬い筋肉が美羽の指を押し返した。
「え、ちょっと待って。これはさすがにつきすぎじゃない?」
あまりの硬さに、美羽は驚きをそのまま声に出した。その反応がトドメとなってしまい、琴葉は泣き出してしまう。
「そう、そうなの! どうじよぉ……」
美羽の胸に顔をうずめる。腰に回された腕は、彼女をがっちりとつかんで離そうとしなかった。
コルセットのようにきつく締まる。振りほどこうかとも思ったが、それが琴葉を余計に傷つけることになりかねないと、美羽は必死に耐え忍んだ。
しばらくして、琴葉が泣き止むと、ようやく拘束から解放される。美羽の服はすっかりぐしゃぐしゃになってしまった。
「お、落ち着いた?」
かろうじて声を出す。琴葉に悟られまいと、表情だけはいつも通りを心がけるようにした。
「うん……」
美羽の配慮は功を奏したようで、弱々しくも琴葉は答える。泣ききった眼は、真っ赤になってしまっていた。
「筋肉がつくのはそんなに悪いことなのか?」
ふと、魔物ピーが口を開く。琴葉の筋肉がなければあの状況を乗り越えられなかった。それは事実なのだ。それをどうしてそこまで悲観する必要があるのか。彼には二人の話している意味が分からなかった。
「死活問題よ! アイドルについていい筋肉はしなやかな細マッチョ系筋肉であって、こんなゴリマッチョみたいなガッチガチの筋肉なんてご法度なの! わかる!? アンダースタンド?」
琴葉は今まで一番声を張り上げた。まくしたてるような言葉の数々に、マモPもたじろいでしまう。
もちろん、探せば筋肉系アイドルなんかも存在しているだろう。しかし、彼女の理想の中に、そのアイドル像はない。今のスタイルに誇りを持っている彼女にとって、可愛いとはかけ離れているものはすべて悪なのだ。それが自分についてしまったことを、琴葉は深く嘆いた。
「いや、待てよ……それってもしかして」
「何!? これ以上余計なこと言ったらぶっ飛ばすよ!?」
殺気立った琴葉の視線に射抜かれて、マモPはそれ以上を言うことができなかった。
「と、とりあえず進んではいるみたいだし……気を取り直して行こ?」
美羽に背中をさすられて、なんとか怒りを収める。もはや怒る気力さえないという彼女を見て、マモPはつくづく価値観の違いを思い知らされる。
(人間とは本当にわからないものだな……)
とぼとぼと、三人はまた進み始めるのであった。
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