第10話 マモP爆誕!?

「さてと」

 三人はダンジョンの開けた場所で休んでいた。周囲に魔物の気配がないことを確かめると、琴葉は口を開きだす。

「とりあえず、アンタが知ってること。全部教えなさい」

「何を聞きてぇんだ」

ゴブリンは自分の武器である岩を削りながら答えた。琴葉など眼中にないといわんばかりのそっけない返事は、疲れで機嫌の悪い琴葉をさらにいらだたせた。

「魔物よ魔物! ここにいる魔物についての情報。アンタここら辺に住んでたんならわかるでしょ!?」

 琴葉の声が洞窟内に響き渡る。それに呼応するように、遠くから何かの鳴き声が聞こえた。

「ちょっと琴葉ちゃん。魔物が来たらどうするの」

「こいつが悪いんでしょ、こいつが」

 小石を適当に投げながら、琴葉は小さくつぶやいた。

 いじけているのか、誰とも視線を合わせようとせず、頬を膨らませている。

「と、とにかく私も教えてほしいかな……」

「それなら!」

 美羽がそう言うと、ゴブリンは嬉々として口を開いた。

「ここにいる魔物ってのは基本的には頭のいいやつが多い。イノシシみたいなやつもいるけれど、やつらの縄張りは入り口あたりだから奥に行けば問題ねぇです」

 ゴブリンは軽やかな口調でそう答えた。

 彼の機嫌を損ねないようにと、美羽は慎重に話を続ける。

「ということは、奥に行けばライブができるかもってこと!?」

「らいぶ?」

 またしても聞きなれぬ言葉が出てきたことで、ゴブリンは頭を抱えた。美羽が喜んでいることから、彼女たちの言う「アイドル」の活動にかかわっていることはわかるが、それ以上のことは彼にはわからない。

 ゴブリンは静かに美羽の言葉を待った。

「アイドルがね、歌って踊るイベントだよ。ほら、冒険家がお宝を見つけたり魔物と戦ったりするみたいな」

「そういうことなら、奥の方がいい。ここのやつらじゃ、歌なんか効かないからな」

 それを聞いた美羽はさらに喜びをあらわにした。小石をずっと投げていた琴葉も、ライブができることを知るとすぐに機嫌を取り戻す。

「そういうことなら、善は急げって言うでしょ」

 さっきまでの不機嫌は嘘のように、琴葉は勢いよく立ち上がった。軽く腰を左右にひねると、彼女は奥へ進もうとする。

「あとは進みながらでも話せるでしょ。早く行くわよ!」

「あいつ、調子だけはいいんだな」

「あはは……根はいい子なんだけどね」

 先々と進んでいく琴葉を追いかけながら、二人はそんなことを言い合った。



「……というか、ずっと気になってたんだけどさ」

 道中、不意に琴葉が口を開いた。結局先ほどの話し合いから黙々と進んでいたせいで、彼女の言葉も自然と耳に入る。

 二人は彼女が話すのを静かに聞いていた。

「ゴブリン……だっけ? アンタってなんでそんなに話せるの?」

 彼女が疑問に思ったのは至極当然のことだった。いくら意思の疎通を図ることができても、ここまで流暢に話すことのできる魔物はそういない。それこそ、人間界で育たない限りはだ。

琴葉も最初は別に気にも留めていなかったが、黙々と歩いていたことで、不意にそんな考えがよぎったのだ。

「何でと言われても……自然と話せたからな」

 ゴブリン自身も考えたことはなかった。本当に気が付いたころには話せるようになったのだ。必死に思い出そうとするが、やはりきっかけを思い出すことができない。

「なんかないの? ほら、冒険家に会うことだって多かったんでしょ?」

「まぁ、それはそうだけど……」

「ゴブリンさんはここに住んでどのくらいなの?」

 純粋な疑問をぶつける。美羽も興味はあったようで、いかにも不思議そうな顔でゴブリンを見つめていた。

「時間か? 冬は五回越したけれども……」

 ゴブリンの一言を聞いて、二人が顔を突き合わせる。ひそひそと、二人は小声で話し始めた。

「やっぱ、元から人間の言葉を聞いて育ったんだよ」

「五年も住んでりゃいやでも覚えるか……だとしたらアイツ想像以上に有能?」

 またしてもゴブリンに視線が集まる。何を話していたかなど彼には筒抜けだったのだが、自分にとって不利益でないことを知っているため、ゴブリンはあえて聞かぬふりをしていた。

「よし、決めた! 今日からアンタの名前はマモPよ!」

「まものぴー……」

 琴葉から名付けられた名を反芻する。彼ら魔物にとって、名前を付けられるということは、主従関係になるということである。そのため、琴葉が思い付きで決めた名だとしても、それは契約の証として成立してしまうのだ。

「本当にそれが……俺の……」

「そうよ! 美羽も文句はないでしょ」

 渾身のドヤ顔で琴葉は言った。異論はないようで、美羽も笑顔でそれを聞いている。

「うん、かわいい名前だと思う!」

 そこに指摘する人間は誰一人としていなかった。かくして、独特のセンスを持つ二人によって、ゴブリンの名前が決定したのであった。

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