第6話 いざ、ダンジョンへ
「はい、確認いたしました」
「よし、しゅっぱーつ!」
ダンジョン付近にいる監視員にマネージャーの免許証を見せ、ダンジョンへと進んでいく。
洞窟内は、真冬のように肌寒い。それに加えて最低限の明かりしかないことが、美羽たちの恐怖感をあおっていった。
「えっと、思ってたのと全然違うんですけれど」
「だから言っただろう。用意とかいろいろしなきゃいけねぇって」
ぶつぶつとぼやきながら歩を進める。慣れている様子のマネージャーは問題なく進むが、美羽と琴葉に至っては未知の領域だ。出発するまでの威勢など消え去り、マネージャーの裾をつかまないとろくに歩けない様子である。
「てかいい加減離してくれない!?」
「い、いやいや。また逃げるかもしれないでしょ」
「そそそ、そうですよ。マネージャーさんに逃げられちゃったらどうしようもできませんから」
そういう二人の手は明らかに震えていた。口ではいろいろと言っているものの、彼女たちの恐怖心を理解しているからか、マネージャーも無理に引きはがそうとしない。
「とりあえず、このままだとろくにアイドル活動もできないぞ」
「そうは言うけど、こ、怖いものは仕方ないでしょ!」
「そうですよ。こんなとこだって知ってたら用意くらいしてきてますって」
「お前らが強引に連れてきたんだろ!」
口だけは一人前に動く二人を見て、一応は安堵する。引っ張られながらも、マネージャーは周囲を見回した。
植物の生えていない洞窟内で、燃えるものを探すのは一苦労である。事前に何の用意もできなかったせいで、マネージャー自身も財布とスマホ、それに商売道具である衣装しか持ち合わせていない。衣装を燃やすわけにはいかないと、彼は血眼になって探し続けた。
(何か、何かないのか……)
彼女たちを安心させるためにも、とりあえずは明かりを強くしたい。マネージャーの思いもむなしく、特にめざましいものは見当たらなかった。
「なぁ、なんか紙持ってないか?」
「紙ですか? えっと……」
「ちょ、ちょっと……」
ポケットの中を探す美羽をよそに、琴葉がおびえたように目の前を指さす。指し示されたほうにマネージャーが視線をやると、うっすらと影のようなものが見えた。
「あー、あれは……ちょっと下がっててくれ」
二人を岩陰にひそめさせると、マネージャーはスーツを脱ぎ捨てた。シャツをまくり上げると、腕を大きく回す。
「さてと……」
物陰からイノシシが姿を見せた。しかし普段のイノシシとは違い、二本の牙は確実に獲物を貫くことができる。
イノシシはマネージャーの姿を捉えると、まっすぐに飛び込んできた。
「よっしゃ来べはぁっ!」
意気揚々とイノシシを迎え撃とうとしていたマネージャーの体が、見事に宙を舞った。
そのまま勢いよく着地すると、二人が隠れていた岩陰まで突き飛ばされた。
「マネージャーさん!」
「ちょっとあんた! しっかりしなさいよ!」
慌てふためきながら、二人はマネージャーのそばまで駆け寄った。ポケットに入っていたハンカチを包帯代わりに、傷口へと巻き付ける。
「と、とはいってもなぁ……」
開いた傷口を見て、二人の体がこわばった。琴葉に至っては、恐怖で全身から汗が噴き出している。これ以上の抗うすべを持たない彼らの思考は、すでにどう戦うかではなく、どう逃げるかに切り替わっていた。
そんな人間側の事情など知る由もないイノシシは、再び攻撃の態勢を整える。まだ薄暗い洞窟の中で、血走った眼は美羽たちの恐怖をあおるには十分すぎるほどだった。
「ま、また来ますよ!」
美羽の声とほぼ同じタイミングで、イノシシは駆け出した。ずっしりと重量のある体からは想像もつかないほどの速さで三人の命を奪おうと迫る。自動車よりも速いそれは、足をつけるたびに、地面をえぐり取っていった。
「あぁ、もうくそ!」
投げやりに叫ぶと、マネージャーは突然カッターシャツを脱ぎだした。
「ちょ、ちょっと何やってるんですか!」
「あんた正気!?」
突然の行動に、二人は顔を赤らめる。しかし、そんな二人の声はマネージャーには届いておらず、彼は脱いだシャツをイノシシの頭部めがけて思い切り投げた。
視界を奪われたイノシシは、パニックになりさらに暴れだす。周囲の岩を削りながら、イノシシは再びマネージャーたちめがけて突っ込んできた。
「今だ!」
「え、ちょっと」
美羽たちが口をはさむ間もなかった。マネージャーは二人を抱きかかえると、勢いよく真横に跳んだ。
そしてその直後、マネージャーたちがいた場所をイノシシはいとも簡単に抉り取った。
「ぶるぁああっ!!」
その勢いを殺しきれなかったイノシシは、大きな音を立て壁に激突した。牙が刺さったイノシシは、パニックを起こしたまま咆哮し、その場で暴れだす。
「ひっ!」
「いやぁ、間一髪だったなぁ」
二人を腕から離すと、マネージャーは額の汗をぬぐった。拘束が解けた二人はよろけながらもなんとか地に足をつける。
「だったなぁ……じゃないでしょ! 殺す気なの!?」
「死なせないために頑張ったんですが!?」
大声で言い争う二人をよそに、美羽は身動きの取れなくなったイノシシのほうをじっと見ていた。
(もう少しで、私たち……)
自分が命の危機に立たされたことで、彼女はダンジョンというものの恐ろしさを改めて思い知らされた。
冷や汗が全身を伝う。冷えた体は、無意識に体を震わせた。恐怖も相まって、彼女の視界を余計に揺らがせる。
「あー、もうとりあえず逃げるわよ」
美羽の様子に気付いた琴葉がおもむろに叫んだ。彼女の手を取ると、元来た道を全速力で駆け抜ける。追いかけてくる危険がないことを確認すると、マネージャーも後を追うように走り出した。
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