第4話 アイドル引退宣言?

「……遅い」

「……遅いね」

「……遅いな」

 放置され一時間が経った。時間をつぶすことにも飽きたのか、三者三葉に落ち着かないそぶりを見せている。しかし肝心の監督はというと、楽屋に来るどころか、連絡の一本もよこさない。

すぐ近くにいるのだから、伝言を誰かに託してもいいだろう。そんな琴葉の考えもむなしく、時間だけがただ無意味に過ぎていった。

「あー、もうどうなってんのよ! アタシちょっと文句言いに行ってくる!」

「落ち着けって、俺たちが騒いだところで何も変わらんだろ」

「そうですよ、もう少ししたら監督さんだって来てくれますから……」

「うっさい! もう我慢の限界よ。こら、離せ……」

「何やってんだ、うるさいぞ」

 アイドルが二人がかりで抑えられているという異様な光景。それを目の当たりにし、監督は呆然としていた。

「まぁいい……とにかく結論が出た」

 座れと手で促す。三人が席に着いたのを確認すると、監督は話を続けた。

「お前たち、もう帰っていいぞ」

「……ん?」

 一瞬聞き間違いなのではないかと、マネージャーは自分の耳を疑った。

 ほかの二人とも顔を見合わせる。反応は三人とも同じで、まだ監督の言葉が現実のものだと受け止め切れていないでいる。

「あのー、もう一回だけ聞いてもいいですか?」

「あぁ、何度でも言うぞ。お前らもう帰れ」

「ごめん、俺寝ぼけてんのかな。一回つねってってぇ!!」

マネージャーが言い切る前に、琴葉の平手が飛んできた。想像以上の威力に、彼が椅子から転げ落ちる。

「つねってって言ったよな!? 俺今つねってって!」

「うっさい! どっちにしろ目が覚めたでしょ」

「えっと、それでまたどうして……」

 二人が言い争う中、美羽は監督に問いかけた。

 このまま帰らせようと思っていた監督は、面倒そうに口を開く。

「スポンサーからの意向だよ。印象の悪いゲストをうちの番組に出すわけにはいかないって」

「でも!」

「でももくそもなーい。これから忙しいんだから、早く帰ってくれ」

 吐き捨てるように言うと、監督は部屋を後にした。扉が勢いよく閉められたせいか、争っていた二人も思わず口を閉じる。あっけにとられた三人はその場に立ち尽くすほかなった。


「ホントありえない! 何様のつもりなのあれ」

 しばらくたっても、琴葉の怒りが消えることはなかった。

カラオケの一室を事務所代わりとして、彼女たちは今後の方針を考えていた。二人に配慮して、今日のところは解散しようと提案したマネージャーだったが、その彼女たちに押し流される形で、今ここに至っている。

「まぁ、とは言ってもなぁ……向こうさんの言い分も十分にわかるというか」

「あんたどっちの味方なのよ!」

「俺は偉い人の味方だ!」

「うっわ、言い切りやがった」

 楽屋での言い争いは、場所を移したここでも続いていた。

 もはや止めることにも疲れた美羽は、一人黙々と眼前のポテトをむさぼっていた。

「あのぉ……それでこれからどうするんですか」

「あ、あぁそうだな」

 咳ばらいをはさむと、マネージャーはスマホを取り出した。画面こそ二人には見えないようにしているが、そこには彼女たちのファンが行ってきた数々の問題行為が記されていた。

「もしかして、と思ってあれから軽く調べてみたんだけどな。あのストーカー以外にもあぁいうやつ結構いたわ」

「え、あれだけじゃないってこと?」

「まぁ、そういうことだな」

 部屋がしんと静まり返る。隣の部屋の歌声が筒抜けとなる中、マネージャーは自分のスマホの画面を見せつけた。

「なんですか、これ」

「いいから、見てみろ」

 言われるがままに、二人は画面に顔を近づけた。『地下アイドルを語るスレ』と書かれた掲示板サイトである。

 画面をスクロールしていくと、すぐに二人の名前が挙げられていた。

「ふん、何もおかしいところなんてないじゃない」

 余裕の表情を見せる琴葉に対して、美羽がスクロールしていた手を止めた。それに気づいた琴葉が再び画面に意識を向けると、見るのも痛々しいレスバトルが繰り広げられていた。

『琴葉がお前ごときを見るわけないだろjk』

『自意識過剰乙』

『二人の家知ってるワイ一人勝ち』

『俺琴葉の担任なんだがこれ以上に役得な奴おる???』

『嘘乙』

「あー、もういい!」

「ちょ、俺のスマホ!」

 スクロールしていた手を止め、琴葉はスマホを勢いよく床に投げつけた。痛々しい姿になった画面は、助けを求めるかのように点滅を繰り返す。

「もう我慢ならないわ! 美羽もそう思うでしょ!?」

「え、私?」

 急に話を振られた美羽は戸惑いながらも、先ほど見たスレッドを思い出し、体をこわばらせる。背筋に何か冷たいものが突き付けられたようであった。

「た、確かに……さすがに怖いとは思ったかな」

「でしょ! ならもう決まりね」

「決まりって、何がだ」

 自分の相棒を大事そうに抱えていたマネージャーが、再び琴葉のほうに目をやった。悲壮感漂うその姿は、恋人を亡くした悲劇の主人公を彷彿とさせる。

 そんなマネージャーなどお構いなしに、琴葉は声を張り上げて宣言した。


「あたしたち、アイドルやめるわ!」


「「……えぇっ!?」」

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