第23話

その日は4人で遅くまでカードゲームに興じ、それでも時間に正確な猫のヴィーシャと犬のロバートに起こされ、寝ぼけ眼でヒロトは父とルネがまだ寝ているはずの工房がある本邸へ連れて行く。

自動車もバイクも、エアコンすらもないこの世界では空気は本当に澄んでいて、朝の清々しさは格別だ。

あまり良く覚えていないが、母が死んだ後に葬式を上げたお寺もとても田舎で、やっぱり自分や父が住んでいる町よりも空気が美味しいと感じたと思うのだが、ここに比べたらやっぱり少しくすんでいたように思う。

少し寝足りない感じだが、だんだんと頭が冴えてきて、とりあえず簡単な食事を用意しようとキッチンに据えられた冷蔵庫を漁った。

「焼き魚……いや、やっぱサラダ……朝からパスタっていうのはない……おっ!親父、パン仕込んでおいてくれたのかぁ!」

どうやって部品を調達したのかは聞きたくないが、やはり自動パン焼き器はありがたく、『ヒロトへ』というメモが貼られているのを見て、タイマーで朝に焼きあがるようにしておいてくれたパンをマシンから取り出す。

少し冷まさないと綺麗に切れないから、その間にペットたちのご飯を用意してやった。

ロバートははっきり言ってどこでご飯でも構わないのだが、ヴィーシャは拘りがひどく、同じ場所で同じ器で出されないと口をつけてくれないというワガママっぷりである。

このお嬢様を愛してやまないのがルネなのだが、彼女がこの家以外では全く落ち着かないという性質も、ルネが実家を出てこの家に住み着いた理由のひとつだった。

「そういや……ルネも結局家業は継いでないよなぁ……」

ルネの家族は別の町から移り住んできたのだが、魔法使いになってしまったひとり息子が画廊や絵画売買にまったく興味も抱かず、両親の老後をあまり心配もしていないのも不思議だったが、それはそれでアリな人生だとアキもヒロトも考えていたため、そこだけは幼い友人たちとは考えが合わなかった。



焼き立てのパン。

町の飲食街にあるパン屋で売っている季節のジャム。

デラとグラが手土産にと持たされた宿屋でも使っている上質な卵で作ったスクランブルエッグ。

チャムシィの両親提供の野菜を使ったグリーンサラダ。

グラを迎えに行ったついでに配達を頼んでおいた牛乳。


ヒロトにしてはがんばった朝食の準備が終わった頃に、ようやくみんなが起きてきた。

「おー、顔洗って来いよー」

「あ~……」

「うん……」

「まだねむいよぉ、にいちゃ……」

一番小さなグラはまだうとうとしているが、さすがに冷たい水に浸して絞ったタオルで顔を拭かれ、ようやくここが自分の家ではなかったことに気が付くと、逆に元気になった。

「うわぁ……うちの朝ご飯みたい……」

グラがいうのは母親が用意する自宅の方ではなく、宿の客に出す朝食のことだ。

宿泊代に含まれるか、別に払うかでランクは違ってくるが、やはり焼き立てのパンや搾りたてのミルクなど、夜のディナー料理より新鮮さでは素晴らしいものが出てくるらしい。

それらが家族の口に入ることはあまりなく、宿泊客がひと通り落ち着いてから皆で料理の温度も落ち着いた物を食べるばかりで、こんなふうに誰かが用意した出来立ての食事にうっとりしている。

それは弟だけでなくデラも同じようで、少し涙ぐんでいるように見え、よほど早朝の仕事ばかりの毎日が辛いことがうかがえる。

逆にチャムシィにとっては当たり前どころか少し物足りないぐらいで、野菜で余った物を使ってスープまで作ってしまった。

「朝っていったら、やっぱり『元気スープ』だぜ!父ちゃん直伝だ!美味いぞぉ!」

野菜の皮で出汁を取り、味付けは塩のみのスープはヒロトにはやや物足りなかったが、子供たちだけで寝具を片付け、朝食のテーブルを準備し、皆で揃って食べるという食事は格別で、けっきょく食べ過ぎるほど食べた。

「うっわ!もう教室の時間じゃん!!」

「おーい?子供たち~。もう出かけないと~」

食べ終わった後もそのままに通学の準備を始めたが、グラが洗われていない食器たちを気にしてチラチラとキッチンを覗こうとするのを、ヒロトが押し留める。

「大丈夫!あとは親父たちがやってくれるから!それよりほら、行くぞ~?」

「う……うん……」

宿の食堂で子供たちの手伝いといえば、野菜を洗うとか食材を持ってくるなどだが、その他に皿洗いなどもある。

それを自分たちではなく、ヒロトの親がやると言われて反対にビックリして固まってしまった。

「まぁ……普通の家では、たいてい片付けって母親がやるんだよ。グラんちではお母さんたち女の人は客室の片付けとか洗濯とかあるから、グラたちが手伝うんだろうけどさ。だから、うちで一番暇そうな親父がやるっていうルールになってるんだから気にすんな!」

実際はそんなに暇ではないのだろうが、なんせそう言った家事部分を担うはずの母親は元からおらず、『手が空いた人がやる』というカイトゥ家の柔軟なルールを説明しているほど今は暇がなかったので簡単にまとめる。

そこでようやくグラも『そういうものか』と思ってくれたのか、兄たちと同じようにカバンを背負い、元気よくロッジを飛び出した。



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