第8話 ③ 知性拳法と理性拳法
知性拳法
明治大学小森氏の拳法とは、頭で考えたストーリーを水火の中でも冷静に実行できるように、日々の練習の中で何万回も訓練した知性の拳法(もちろん、実際の練習では、時間と相手に限りがありますから、イメージトレーニング等、いろいろ工夫されたのでしょう)。こういう相手とこういう配置になり、こういう流れになったら、こう動くと正確にプログラミング化されている(身体に覚えこませている)。
だから、相手(の拳法)が自分のストーリーにきっかり嵌(はま)ってくれると、無類の強さを発揮する。ところが、そうでないと、なかなか自分の拳法に引き込むのに時間がかかる。いわゆる「相性」に大きく左右される戦い方です。
決勝戦の関学戦(大将戦)では、芸術的ともいえる素晴らしい拳法であったのに、その前の大商大との準決勝戦では「場外警告二回で敗退」なんて、明治のキャプテンとして信じられないような負け方をしています。
大商大の相手は、ずんずん押し込んで来るタイプで、小森氏は押し込まれ、自分の拳法をさせてもらえなかった?(もっとも、この負け方は何か不自然でしたが。)
○ 2020 日本拳法 全日本学生拳法選手権大会 準決勝戦 明治大学VS大阪商業大学
https://www.youtube.com/watch?v=YL8Ml9imxTQ
2019年東京武道館で行われた第32回全国大学選抜選手権大会で小森氏が戦った龍谷大の富永選手は、明治の木村氏と同じく理性タイプで、小森氏のスタイルをどんどん押し潰してしまったため、小森氏は自分の拳法ができませんでした。
○ 第32回全国大学選抜選手権大会 2回戦 龍谷大学 明治大学
https://www.youtube.com/watch?v=Whq-jwu95rs
これら両大会における小森氏の対戦相手は「前蹴りで押し込み自分の場を作っておいて、相手を止め、後蹴りと強力な前・後拳の恐ろしく速い連係プレーで決める」という、小森氏の定石(知性拳法)をやらせてくれませんでした。
この「自分の拳法(自分のストーリー)をやらせてもらえない」とは、2019年7月、東京は中央大学アリーナで行われた「矢野杯争奪日本拳法第32回東日本学生個人選手権大会 女子の部 決勝戦」で、明治大学の小野塚選手が中央の山口華那江選手に敗れて優勝を逃した時と、よく似ています。
この試合、小野塚選手得意の「遠距離から一気に飛び込んで打つ」という(騎兵的)攻撃スタイル(頭で考え体に覚えこませた攻撃パターン)に対し、山口選手は、その一瞬先に小野塚選手の足をタックルする、もしくはタックルする姿勢を見せる、足払いでけん制するという「枕を押さえる」攻撃によって、小野塚選手の強力な攻撃パターンを封じました。山口さんもまた、小野塚さんの攻撃スタイルを研究して生み出した知性拳法です。
小野塚さんにとって「飛込み」ができなければ、羽をもがれた鳥、とまでいきませんが、三割くらい攻撃力が減衰したようなものでした。
この7月の敗退で自信をなくした(飛込みが使えないと悟った)小野塚さんは、その解を見い出せないまま、同年11月の総合選手権女子個人戦決勝で、また同年12月全日本学生拳法選手権大会 女子団体準々決勝戦で、共に青学の大熊さんに敗れてしまいます。
○ 2019 全日本学生拳法選手権大会 女子団体準々決勝戦 明治大学VS青山学院大学
https://www.youtube.com/watch?v=kLesOZqWoK0
→ 宮本武蔵「五輪書」岩波文庫版 P.84「枕をおさゆる」。「敵の打つという、うの字の頭(かしら)を押さえる。」
これが知性拳法の弱いところですが、反面、知性拳法というのはいくつものパイプをつなぎ合わせているようなものですから、一箇所が詰まればそこを別のパイプに交換することで、簡単に問題が解決することがある。
三分間本数勝負であれば、試合前半、この攻撃パターンが通用しないとなったら、別の攻撃パターンに変更ということができるかもしれない。
しかし、現行の三本勝負では、一本取られた時点で王手がかかってしまいますから、なかなか戦法(あたま)を切り替えるというのは難しいでしょう。
因みに、この試合(2019 全日本学生拳法選手権大会 女子団体準々決勝戦 明治大学VS青山学院大学)での大熊さんは、前拳の使い方が格段に進歩(相手の前・後拳をいなす機能を持たせる)していました。
以前から、後拳は強烈だし組み打ちも強い、闘争心(前へ出る意思)は人一倍の彼女でしたので、この時点で、彼女の横綱拳法(どんな攻撃でも一旦受けて、それを乗り越える)は完成していたといえるでしょう。関西の(殴り合いの)雄、同志社の谷さんや立命館の坂本さんとの一戦を見たかった。
2019年の関東女子代表は、中央の山口さん、慶応の渡邊さん、明治の小野塚さん、国士舘の糸井さん、日大の松永さん・中城さん、そして青学の大熊さんという方々でしたが、大熊さん以外は、みな知性拳法でしょうか。
頭で考えた攻撃パターンが来るまで待つ。だから試合時間がかかる。
しかし、大熊さんは理性拳法ですから、待たない。だから、初対面の相手でもどんどん自分の拳法で押しまくる。そして、(相手が格下とはいえ)少ない時間内で試合を終結させています
今大会の決勝戦、明治・関大戦における小森氏も、自分のストーリーに入るとみるや、すぐに攻撃し、勝機を逃さず即、取り込みました。知性の磨き方が、上記関東女子の面々より数倍なされていた、ということでしょうか。
○ 2019 日本拳法全国ブロック対抗女子学生団体戦 東日本VS中部日本
https://www.youtube.com/watch?v=qQjURIVS9EQ
○ 理性拳法
理性拳法とは、日々の(訓練ではなく)鍛錬によって鍛えた臨機制変力(変化に対応するよりもさらに強力な、変化を制圧する力)で、いわばアドリブ的に戦う(その一瞬に相手を乗り越える)。
過去の試合ビデオ等で事前に相手を研究しないことで有名であった柔道の野村忠宏氏(アトランタオリンピックから、オリンピック3連覇)が、その典型でしょう。
2020年時点で、大学日本拳法におけるこのタイプの代表的存在が、明治の木村氏ではないでしょうか。また、大商大の2年生五人・4年生一人は皆このタイプ(このアーキテクチャーで育てられている)ようです。
理性 → 武蔵「五輪書」岩波文庫版 P.86「とをこすといふ事」。
「敵の位を受け、我が身の達者を覚え、其の理を以てとを越す事・・・。渡をこすといふ事、敵によはみをつけ、我が身も先になりて、大形はや勝つ所也。」
→ 宮本武蔵は理性剣法であり、それは繋ぎ目のない一本のシームレス・パイプのようなものですから、交換も何もない。あくまで同じことを「心を捨て」「気を振り捨て」てやる、ということをしていた。
2019年6月東京武道館・全国大学選抜選手権大会での、明治VS龍谷の試合では、明治の選手4人は龍谷に押しまくられ、彼らの拳法ができませんでした。
ただ一人、理性の拳法を行う木村氏のみが、相手のレベルに見合った(良い意味での)アドリブ的戦い方で、素直で無理のない勝ち方をしていました。
○ 理性拳法対知性拳法
○ 2019全日本拳法男子個人決勝戦 木村柊也(明治大学)vs芳賀ビラル海(白門拳法会)
https://www.youtube.com/watch?v=ek2PBmeie8E
芳賀氏は組み打ち専門という知性拳法ですから、これが全く通用しない木村氏に対しては、なす術がない。木村氏は、組み打ちでも無類の強さをもつとはいえ、相手はサンボのようで、何が飛び出すかわからない。こういう「鞘に入っていない強さ」に正面から仕掛けると、大怪我をさせられる危険がある。
「鞘に入った太刀」木村氏は、2020年の関大との決勝戦でも見せた生来の慎重さによって、ここでも無理な飛込みを堪えます。
しかし、こうなると手詰まりの状態になり、時間ばかりが過ぎていく。
宮本武蔵という男は公務員(雇われ武士)にはという鞘には入りませんでしたが、(椿三十郎と同じく)天理という鞘に入っている(繰り返しますが、この天理という言葉は武蔵の「五輪書」にある言葉で、奈良県の天理とは関係ありません)。目に見える部分は破天荒で規則に縛られないタイプですが、形而上(内面的・精神的)では、きっちりと鞘に収まっている、「道を求めて止まざるは水なり」の如く、常に、よりよい鞘を追求している。
さて、この戦いの延長戦で、鞘に入った太刀とそうでない者との差が出ました。
それが、木村氏のとどめの一本でした。
→ 「四つ出をはなす」「 あらたになる」
木村氏は自分より背の高い相手には胴突きなのですが、この時ばかりは、伸び上がって面を打つという、彼には珍しいギャンブル的な攻撃で、見事に一本を取りました。(鞘に入った)理性拳法ならではの、慎重に慎重を期した上での、枠を超えた自由な発想です。
鞘に入っていない太刀とは、これが400年前の殺し合い(決闘)とか、早い話が街中で発生したケンカであれば、とんでもない攻撃で相手を攻撃でき、そしてそれが成功したかもしれない。しかし、ルールのある日本拳法の公式戦という場では、どんなに自由で型破りな発想であっても、それを自分で精確にコントロール(制御)できるOS(Operating System)でなければならない。
「五輪書」P.93 四つ出をはなす、P.107 あらたになる
関西福祉大学付属高校には、あるアーキテクチャー(設計思想)を持つ方がいて、生徒のハードウェアに合ったシステムを構築させているのだろうか。アーキテクチャの構築は中学生では早すぎるし、大学生では遅すぎる。高校生くらいの時点が一番いいのかもしれません。
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