「山中へおかえり」
オーサカ市内にサルが出現しあちこちでエキサイティングに暴れ回っているらしい。
なので、オーサカ支部でこのサルを捕まえてほしいのだという。
「なぜぼくたちにそんなワークが降りかかってくるのか」
ぼくたちでなくてもいいだろう。
警察はどうした。
市民の平和を守るのが彼らの勤めではあるまいか。
「ささはらの初陣にはぴったりじゃ」
ぼくがオーサカ支部に転属になって初めての仕事。
9月3日。
3日目にしてこのような雑務を押し付けてくるとは。
築山支部長は何をお考えになられているのか。
このぼくの力量を見定めるにはイージーすぎやしないか。
「不服そうな顔じゃの……」
2日目の昨日はキャサリンにオーサカ市内を案内してもらった。
実際に街を見て回った感想としては、雑然としていてぼく好みではないということだ。
ぼくにはスタイリッシュなトウキョーの街並みが似合っている。
「キャサリンとがよかったんじゃろ?」
キャサリンはぼくの素晴らしさをいち早く理解してくれている。
オーサカ支部の誰よりも。
築山支部長は作倉部長からぼくの噂を聞いているとのことだしと期待していたが。
「なんだその格好は」
命ぜられるがままに鎧戸導とタッグを組むこととなった。
待ち合わせ場所へやってきた導は黄色いポンチョタイプのレインコートを着ている。
背格好あいまって小学校低学年の出で立ちではないか。
一昨日ぼくを出迎えたときにはモノトーンでシックに揃えていたのに。
「これがわしの仕事着じゃ」
えっへん、と胸を張る。
なるほど仕事着か。
これならここらへんの小学生に混じってもわからない。
「わしはあっちに行くからささはらはそっちに行って、どこらへんでサルが出とるんか聞き込みじゃ」
ほう。
このぼくに聞き込みを。
そんな仕事はしたっぱにやらせておけばいい。
ぼくはもっと大きな任務をやり遂げなければならない。
そしてオーサカ支部からトウキョーに戻る。
「ぼくは先にオーサカ支部に戻るぞ、導」
いない。
あの小さい身体は人混みの中に消えてしまった。
特徴的な格好だというのに。
ちょうどいい。
帰るとしよう。
「ささはらぁっ!」
しばらくして導が戻ってきた。
半泣き状態で。
男なら置いて行かれたぐらいで涙を流さないでもらいたい。
「どうしたんや導」
「ねえさん! ささはらったらわしを見捨てたんじゃ!」
天平先輩の視線が痛い。
見捨てたとは人聞きが悪い。
ぼくは聞き込みなんてやりたくないから戻ってきた。
外を歩き回って他人にサルの居場所を訊く。
このぼくが。
まばゆい輝きを放つこのぼくが。
オーサカ市民の目を潰してしまうだろう。
「さっちゃんなあ……せっかく導とコンビ組ませてもらったんに、なんで帰ってきたん?」
「このぼくには似合わない」
はあー、とため息をつく天平先輩。
幸せが逃げていってしまう。
上下ちぐはぐな奇抜なファッションを見なければとってもキュートな顔つきをしているのに。
身長はキャサリンほどあるわけではないがスタイルも悪くはない。
「わしはちゃあんと情報を集めてきたんじゃ」
小学生から訊ねられて答えるのか。
オーサカ市民は親切な方が多いのだな。
導がポンチョの下から手帳を取り出した。
どこかのテーマパークのお土産だろうか?
指の第一関節ほどのフィギュアがついたボールペンを挟んでいる。
「ささはらは気付かんかったじゃろ? わしの能力」
フィギュアを見つめていると導が問いかけてきた。
ぼくとは趣味が合わない。
ちっともプリティではない目玉が飛び出たクマのぬいぐるみのフィギュア。
「ていっ」
導がその場でくるっと一回転する。
身長が伸び、顔つきも精悍になる。
黄色いレインコートが消えて交番相談員の制服に替わった。
「どうじゃ!」
これが能力【変装】か。
理解した。
この外見ならサルの出現しやすい地域を特定することは容易い。
「そんでな、オーサカの西南部にあるスーパーで最近妙な買い物客がおるらしいんじゃと」
「西南部か」
閑静な住宅街というイメージを持ったが、確か小高い山があった。
そこに野生のサルが住み着いているのだろうか。
「それがな、リンゴやらバナナやらをかごいっぱいいっぱいに買っていくんじゃと」
バナナダイエットか。
リンゴダイエットか。
「あやしいのう」
天平先輩が思案顔だ。
バナナやらリンゴやらばかりを食べていれば一時的には痩せるだろう。
しかし一時的なものであって、生きていくのに必要な栄養素は足りていない。
「その買い物客の住んどる部屋の近所で『変な物音がする』だとか『叫び声が聞こえてくる』だとかいう苦情が増えとるんじゃと」
やはりそうか。
無理なダイエットはよくない。
メンタルを壊してしまう。
「導、住所までわかっとるんか?」
「もちろんじゃねえさん」
そんなに追い込まれるまで痩せようと。
それほどの覚悟があるのならほかの手段だってあったろうに。
「さっちゃん。出動やで」
「ああ、わかった。救出しなければならない」
ぼくが考えるに、そのひとは家の中で栄養失調を起こして倒れてしまっている。
サルはどうでもいい。
人命が最優先。
「あの1階の角部屋じゃ」
導とともにオーサカ支部から飛び出して、ほどなくして現場に到着した。
指さす先にあるのは耐震補強工事がなされていなさそうで今にも崩れそうなアパートだ。
「オーケー。導はここで待っていてくれたまえ」
導じゃのうて鎧戸先輩じゃ!
と導が抗議する。
その声をバックに、パパからプレゼントされた腕時計を操作し、タイマーを30秒でセット。
「スタート」
ぼくはママからいただいた大事なチロリアンハットを宙に投げて、タイマーのスイッチを押す。
これがトリガーとなってぼくの能力【疾走】が作動する。
チロリアンハットは万有引力によって、本来であれば(当然のことながら、ニュートンのリンゴのごとく)アスファルトへゆっくりと落ちてくるだろう。
しかし【疾走】の作動中は何もせずに宙に放り投げた時よりも遅く落ちてくる。
「さてと」
大事なチロリアンハットが薄汚れたアスファルトに着地する前に。
この場所に戻ってこなければならない。
「行くか」
駆ける。
助走をつけてジャンプし、半開きになっていた窓を押し開けて部屋に侵入。
中には初老の男性と、檻に入ったサルがいた。
どうやらサルは子どものようだ。
まだ小さい。
テーブルの上にはレジ袋に入ったままのバナナやリンゴがある。
この状況から推理しよう。
ぼくがすべきことは、人命救助ではない。
「おいで」
鍵を開け、おびえて震えているサルを右腕で抱きかかえた。
窓から一人と一匹になって脱出する。
左手でチロリアンハットを掴んで、被り直した、そのとき。
ジャストなタイミングでタイマーは鳴り響いた。
時間がまた、正常通りに動き始める。
時計の針が進んでいく。
「な、なんじゃ!?」
導が目をまん丸くする。
帽子を放り投げて腕時計のスイッチを押したところまでは視認できたはずだ。
その次の瞬間にはこのぼくがサルを抱いていたのだから驚くのも無理はない。
「おそらく街中で暴れているサルはこの子の親だろう」
ぼくのセリフの途中で、その親がやってきた。
こちらの様子を窺っている。
ぼくはサルを檻に入れて育てたいなんて思わない。
親元で自然の中に生きた方がいい。
お互いにそれが幸せだろう。
【Parturient montes, nascetur ridiculus mos.】
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