秘蔵のエピソードですわ⑪

 眩しい頭は、決してツルツルしているからではない。まばゆいばかりの金糸の髪に、太空を思わせる青い瞳。端正な顔つきに、勿論お父様のようなたぷたぷ二重顎はない。

 見まごうことなき『金王子』ことサザンジール王太子殿下が、わたくしに手を差し出してくる。


「とりあえず甲冑から降りるか。落ちたら危ない」

「……甲冑が壊れるの間違いではないですか?」

「ルルーシェが怪我するより余程マシだろう。俺もそれなりに私財の蓄えはある」


 ……やめてください。他所のお屋敷でメイドに扮した婚約者の、大熱唱ゆえに壊した装飾品を弁償するなど……やめてください。せめて自分で支払わせてください。


 しぶしぶ彼の手を取り、居を正せば。

 サザンジール殿下は「さて」と腰に手を当てていた。


「俺はあまり説教が得意ではないが……まず弁明を聞こう」

「その前に……どうしてサザンジール殿下が出てきたのですか?」


 だって周りに他の方は見受けられないですから。

 騒ぎの様子を見に会議室から出てきたのは、サザンジール殿下お一人ということになる。末席であろうツェルドさんではなく。


 そのことを訊けば、サザンジール殿下は小さく嘆息した。


「あのなぁ。だってここに居ないはずのルルーシェの歌声が聴こえてきたんだぞ? なるべく騒ぎを大きくしないためには、俺が出るのが一番ではないか」


 無論、最初はイスホーク殿が様子を見てくると言ってくれたんだがな、そう付け足して。

 まぁ、わたくしの作戦はちゃんと良い所、付いてたんじゃないですか。

 その悔しさに少々唇を尖らせつつも、まだまだ疑問は残る。


「でも、どうしてわたくしだと? たとえ声が似ていたとしても、見た目はこんなですよ?」


 当然身元がバレてしまった手前、すでに背筋は伸ばしておりますが。

 髪色も灰色で、メガネにそばかす。そして雑巾片手のメイド姿。歌声だって特別特徴があるものではないはずなので、少しばかり躊躇ってくださってもよいはずです。


 それなのに――サザンジール殿下は吹き出す。


「いや……声が似ているどころじゃないだろう。昔も同じ歌を歌ってたじゃないか」

「え? 記憶にございませんが?」

「歌どころじゃないな。その甲冑とダンスするように抱きついている姿もまんま一緒だ。……あぁ、むしろ歌は昔よりも本格的になったか。フレーズが増えたような気がする。『第二の太陽』はなかなか良い歌詞だな。公爵はいつも朗らかで場を和ませてくれるからな」

「殿下、わたくしが言うのもアレですが……そのような場合じゃ……」

「あぁ、そうだった」


 ははっと軽やかに笑ってから、殿下は表情を引き締める。


「それで、どうしてこのようなことを?」


 逃げ場なし。誤魔化しようにも……下手に歌を褒められた直後で、完全に殿下のペースです。これは……会話の流れからもう、してやられておりますね。完敗です。


 気持ち的には両手をあげるつもりで、わたくしは彼女を呼びます。


「レミーエさん」

「は、はひっ!」

「なんだ……やっぱりレミーエも巻き込んできたのかきみは」


 呆れ顔の殿下に「申し訳ございません」と謝罪しつつ、トテトテとやってきたレミーエ嬢から手紙を受け取る。そしてそのまま、殿下へと差し出した。


「これを、ツェルド様にお渡ししたく忍び込んでおりました」

「俺が読んでも?」

「勿論ですわ」

「ふむ……封筒は破らせてもらうぞ」


 当たり前だが、この場にレターナイフがないからだろう。わざわざそんな気遣いを見せつつ、殿下はなるべく丁寧に封筒を開けてくださる。そして中の手紙に目を走らせて――小さく「なるほどな」と頷いた。


「たしかに、会議でも国内派の仕業を疑う意見も出ていた。イスホーク殿の話では、隣国では海の取締りを強くしているから、海賊被害などまず出てないという。ラピシェンタ海域で悪さするために、わざわざ隣国の船を手配するのも、後ろ盾がないと難しいだろうからな。国外派の仕業なら、その拠点ともいえるルークト伯爵領を傷つけるのもおかしな話だし――」


 サザンジール殿下は手紙を畳みながら、わたくしの目を見てくる。


「だから、この段階で国内派の総領とも言えるファブル公爵の発言がとれるのは大きい。公爵嬢の証言があったと言えば、事情聴取も嫌がることなく協力してくれよう。おかげで、解決まで最短距離で進むことができる――が」


 そこで、彼は一呼吸置いて。特別低い声で問われる。


「どうしてまず、俺に教えてくれなかった?」


 それに、わたくしは唇を噛みしめるのみ。

 当然のように、サザンジール殿下の声は淡々と紡がれた。


「ルルーシェとファブル嬢。まだ未成年とはいえ、両派閥の公爵令嬢のサインが入った書状を無下にする者などいない。それをどちらの派閥にも所属していないレミーエが橋渡しすることによって、より一層証言の効力は上がる――が、そんなまどろっこしいことをしなくても、俺に直接ファブル嬢の証言を話してさえくれれば、この場にファブル公爵を召喚することもできた。その方がより迅速に解決できたことを、わからないきみではないだろう」

「…………」

「……たとえ俺のことが嫌いなんだとしても、別にザフィルドでも良かったんだし……きみの父であるエルクアージュ公爵に伝えれば、善きに動いてくれたはずだ。少なくとも、わざわざ変装してレミーエと乗り込んでくる必要など、欠片も感じない。しかも、イスホーク殿をわざわざ巻き込む理由は?」

「…………」

「だんまり、か。……レミーエ」

「は、はいっ!」


 途端に名前を呼ばれ、慌てて背筋を伸ばしたレミーエ嬢。

 そんな彼女に、サザンジール殿下は表情を引き締めたまま告げる。


「すぐに俺の方で帰りの馬車の手配をするから、ルルーシェと共に帰ってくれ。無論、このことでこれ以上咎めたりするつもりはないし、学校や男爵にも俺が取り計らっておくから、きみは何も心配しなくていい。ただ……きみもルルーシェの友人でありたいなら、何でも彼女の言うなりにならないように。対等であってこその友人だろう?」

「はい、肝に銘じます……」


 少し涙ぐみながら、深く頭を下げたレミーエ嬢。彼女の肩にポンッと手を置いてから、サザンジール殿下はわたくしの頭も二回ほどポンポンと叩く。


「では、俺は戻る。きみらは正門で堂々馬車を待つように――その羞恥が、今回の罰だ」

「大変申し訳ございませんでした」


 わたくしが頭を下げれば、頭上から苦笑の声が聴こえて。手紙を持った殿下は、まっすぐ会議室へと戻っていく。扉の閉まった会議室から、殿下の朗らかな声がわずかに聴こえた。

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