秘蔵のエピソードですわ⑨


 わたくしの事前調査によれば、ツェルドさんは午後から会議に参加するらしい。

 先日のレミーエ嬢ナンパ事件(仮)の当事者としてですわね。あと件の海賊船が隣国で造船されたものである可能性が高いため、そこら辺の聴取もあるみたい。だけど……立場としては、末席ですわ。とりあえず建前として隣国の者にも参加してもらおう、その方が今度隣国とのトラブルに発展した時も言い訳が付きやすいだろう、なんて目論見でもあるのかしらね?


 まぁ、そんな大人の事情までは知りませんが……末席である以上、ツェルドさんとの接触は難しくないでしょう。会議室の前で少々騒がしくすれば、おそらく一人で様子を見に出てきてくれると思うわ。


 だから……それまでは、大人しくメイドさんに扮しておく必要がある。


「あなた、ほんとーに使えないわねっ! どうしてこの程度のリネンも片付けられないの⁉」

「申し訳ございません……」


 わたくしはたくさんのシーツの山の前で、頭を垂れていた。

 洗濯済みのシーツを運べと言われて、つい転んでしまったの。だって前が見えなくなるくらい大量のシーツを一気に運べというのよ⁉ 慣れない屋敷で、通路の角にぶつかってしまうことくらい……などとふてくされているわたくしの隣を、すでにシーツを持って三往復しているレミーエ嬢が通り過ぎていく。まさか、レミーエ嬢から同情の眼差しを向けられる日が来るとは思いませんでしたわ。


 そのあとも、わたくしの仕事ぶりは散々でした。

 届いた食料品を運べと言われても、重くて運べず。

 洗濯をしろと言われても、汚れが全然落とせず。

 従者さんのほつれたジャケットを直せと言われても……直せるはずがありません。


 ……も~ちょっと、わたくしにも自信がございましたのよ?

 だって、お掃除なら家でお父様らとやりましたし。お料理だってお母様のお手伝いしたこともありますし。力仕事だって、いつも剣を振ってるんですから!


 勿論、普段エルクアージュ家で働いてくれているメイドたちを見下していたわけではありません。ですが……自分がここまで無力だとは……さすがに少々落ち込みます。


 一方で、


「あなた、本当に未経験なの? 実は王宮で働いていたとかじゃなく?」

「あはは~まさか~。このくらい普通ですよ~」


 レミーエ嬢、それはわたくしへの嫌味ですか?

 そんな嫉妬の視線を送れば、愛想笑いを浮かべていたレミーエ嬢のお顔がさらに固くなる。

 先輩メイドさんらから大絶賛を受けているレミーエ嬢を尻目に、わたくしは倉庫の隅で淡々と雑巾づくりをしていた。わたくしが表立った仕事をすると……余計に仕事が増えるそうよ。


 なので自然と肩身を狭くしながらチクチクしていると――当然、針で指を刺すわね。


「痛っ」

「大丈夫ですか?」


 後ろからこっそりやってくるエリートメイドのレミーエ嬢。

 ふんっ、同情なんて要らなくってよ。

 わたくしがチクチクと作業を進めていると、レミーエ嬢が古布の山から一枚とる。そして手慣れた様子で雑巾を作り始めた。わたくしは口を尖らせる。


「わたくしのことなら気にしないで大丈夫でしてよ。小休憩をもらったんじゃなくて?」

「大丈夫ですよ、このくらい仕事にもなりませんから」


 だからレミーエ嬢、それは嫌味ですか?

 ちょうど他のひとは全員、仕事か休憩で外に出ていきましたから。思わずわたくしも返してしまうわ。


「いい気分ですか? 日頃いびってくる女の無様が見れて」

「え?」

「いつもわたくし、偉そうですもんね。もっと笑ってくれていいんですよ? 陰口を叩かれた経験なんて腐るほどありますから」


 あなたごときの言葉の一つや二つで、傷つきやしないわ。

 そんな覚悟で言ってのけると、途端レミーエ嬢が笑い出す。


「あははっ、ルルーシェ様もひどいなぁ。私、友達に対してそこまで性悪じゃないですよぉ」

「で、でも――」

「私これでも、ルルーシェ様には感謝しっぱなしなんですよ? そりゃあ、朝いきなり起こされて行き先も告げられずに馬車に連れ込まれるのはキツイですけど……なんやかんや楽しませてもらってますからね」

「そんなわけないじゃないっ‼」


 思わず、声を荒げてしまう。

 だって、そんなはずはないもの。この間のアサティダ海岸でだって、わたくしのせいで海賊に誘拐されかけたのよ? それに学校やいつぞやのパーティーだって、わたくしと仲良くしていたからララァ嬢に目を付けられて。そんなわたくしから『友達』なんて言われて、迷惑だって思っていても当然なのに。


 それなのに、レミーエ嬢は無邪気に笑う。


「私はちゃんとルルーシェ様のこと好きですよ? 何事にも一生懸命で、前向きで、ちょ~っと意地っ張りだけど、そこも可愛いところだと思います」

「レミーエさん……」

「来年は絶対にルルーシェ様と同じクラスになってみせますから! そしたらもっと一緒に遊んでくださいね?」


 その言葉に、わたくしの胸が爆ぜる。

 一緒のクラスになった未来。同じ教室で勉強して、教室移動も一緒に動いて……それこそ『連れション』なんてこともしてしまうのかしら? ララァ嬢に絡まれたって平気よ。わたくしが絶対に倍返しにしてみせる。そして少し残念な姿の彼女を、一緒に笑ってやりましょう?


 あぁ、もう……本当にわたくしの性格、悪いったらありゃしない。

 だけど、一番わたくしの悪い点は――そんな未来が来ないことを知っていながら「楽しみだわ」と笑みを返すところ。


 彼女は隣にいる女があと十数日で死ぬことなんてつゆ知らず、笑顔で励ましてくる。


「それにそもそも、今回の点に限っては私が異常なんですから。普通の御令嬢、家事なんてできなくていいんですって。私は昔から令嬢教育から逃げる代わりに、メイドさんたちの仕事の手伝いをしていただけですから」

「……その言い方じゃ、まるで普段わたくしの方が異常みたいね?」

「え? あれ? えぇ~と、そんなつもりじゃあ……」


 あはは~と誤魔化しても、誤魔化されてあげません。

 だって……この場でわたくしに泣かれる方が困るでしょう?

 わたくしがわざと睨み付けていれば、彼女は「そうだ!」と手を叩いてから耳打ちしてくる。


「侍女長さんが、ツェルド様が来たらこっそり教えてくださるそうです。そしたら作戦決行ですね!」

「ちょっと、いつの間にそんな段取り付けてきたのよ?」

「えへへ~。隣国の伯爵様って憧れちゃうな~、どんな人なんだろう~、てお喋りしてたら、なんとなくそんな流れに」

「まったく……ほんとしたたかよね」


 だからこそ、わたくしが将来を託すに値するのだけど。

 苦笑するわたくしの口に、レミーエ嬢が「忘れてた」と何かを突っ込んでくる。噛んでみれば、サクッと軽い食感のビスケットのようだ。「おやつに貰いました」と笑う友人の顔が、なぜか遠いもののように思える。

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