秘蔵のエピソードですわ⑧

 ――そして、さらに翌日。


 今日も何事もなくいじめられまして――と言いたかったところですが、実は学校をお休みしました。子供とて、もう社交界デビューも果たした貴族ですから。ごくまれに、学業よりも優先すべき義務というのもあるのです。無論、そのような場合はきちんと手続きを踏みさえすれば、欠席扱いにはなりません。


「なので、きちんとレミーエさんの分も提出してありますから。ご安心くださいませ」

「ふぇ。めっちゃ怖い……いえ、めちゃくちゃ生きて帰れるか疑問があります~!」

「言い換えた心意気は買いますが、どのみち失礼ですわよ?」


 本日も朝早くからレミーエ嬢を連行し、目的地に向かう馬車の中。こないだと違う点は、小うるさい小舅がいないことね。その差異を思う存分活かすため、わたくしはしっかりと作戦の全貌を伝える。


「レミーエさんにはね、ツェルド様にこちらの手紙を渡してほしいの」

「ツェルド様って、こないだお会いした隣国の伯爵様ですよね?」

「正確にいえば、隣国の伯爵家の次男、ね。調べてみたところ、イスホーク伯爵家は代々王家の騎士として仕えることによって、世襲制ではなく一代貴族として叙爵されているらしいわ。通常の騎士は与えられても子爵止まりが多いけれど、現イスホーク伯爵……ツェルドさんのお父様が国王近衛隊長を務めているから、特別に上位の伯爵位が与えられているようね。ツェルドさんのお兄さんも現在騎士としてすでに子爵位をお持ちのようだから、必然とツェルドさんにも期待が寄せられているようだわ」


 レミーエ嬢でもわかるように、丁寧に説明してみたけれど。

 ふふっ、ぽかんとした顔が可愛らしいわ。この子は本当に貴族なのかしら……なんて思ってたら、その柔らかそうな頬が膨らむ。


「私だって、そのくらいわかりますよ~! 伊達にここ二ヶ月猛勉強させられていないんですからぁ~」

「あら。じゃあ、今からわたくしたちがどこに行くのか想像できる?」


 それは知識だけでは答えられない質問。世情を把握し、ひとの動きを把握し、その上で相手……この場合はわたくしの考えを先読みするというなぞなぞを問いかけてみれば。


 レミーエ嬢はものすごく苦悶な表情を浮かべながら答えた。


「ルクート伯爵の館……とか? たしか今日、例の海賊騒ぎの会議をするんですよね。王族代表としてサザンジール殿下も参加するという……」

「えぇ、正解! サザンジール殿下から会議の旨は聞いていたの?」

「はい、だから今日も学校一日お休みするからと――て、ダメですよぉ~ルルーシェ様‼ いくらルルーシェ様とて、そんな大事な会議に乗り込むなんて――」

「ふふっ、早とちりは良くなくってよ。誰も会議に参加するなんて言ってないじゃない?」


 満面の笑みを浮かべるわたくしに対して、レミーエ嬢の笑みが歪む。

 それがちょっとだけ不本意ですが……多分きっと、レミーエ嬢の眠気が覚めていないんだわ。どこかでカフェオレでも調達しませんとね。




「どうしてこうなるんですか~~⁉」


 お仕事前には、カフェオレで働く気分を上げる。

 そんな大人気分を味わってから、わたくしたちは制服・・に着替えた。

 小声で悲鳴をあげる丸メガネ姿のレミーエ嬢を、わたくしは褒め称えた。


「とてもよく似合ってますわ! 王宮のメイドさんに引けを取らない可愛らしさです!」

「うわ~んっ、ルルーシェ様は……どこから突っ込めばいいかわからないです~!」


 そんなの酷いわ。ただレミーエ嬢と同じようにメイド服を着て、髪粉を使って髪を灰色にした髪をみつあみにして、そばかすも描きこんで、メガネを掛けて、猫背を装っているだけですのに。


 ルークト伯爵領の主な収入源は、ハール港での交易。そのため国外派としての活動の一環により、海外からの移民も多く雇っており、使用人の出入りも激しいの。ついこの間も何人か新人を雇ったという噂があったから……それを利用しない手はなくってよ。


 多くの重鎮たちが集まる重要会議が急遽行われることになったから、屋敷の使用人さんは大慌て。その中に見覚えのない年頃の小娘が二人混ざっていたところで、悪目立ちしなければなんとかなるという見込みよ。


 だから、あと悪目立ちしないためには、


「ほらっ、そこの新人! いつまで無駄話してるの⁉」


 そんな先輩メイドさんの叱責に、わたくしは間延びしつつも元気に返答する。


「は~い、ごめんなさ~い!」


 さぁ、ルークト伯爵家侵入大作戦の開始ですわよ! 

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