秘蔵のエピソードですわ②

 ルークト伯爵領は、我がエルクアージュ領の隣にある。その中でも目的地のアサティダ地区は……率直にいえば田舎っぽい場所。海辺にあるのが特徴なのかもしれないけど、ルークト伯爵領といえばもう少し先のハール港が盛んですから。ハール港は漁船商船問わずたくさんの船が行き交い、ラピシェンタ王国一の港ともいわれているわ。


 それこそ、こないだ剣術部が対戦した学校もハール地区にある。だから、わざわざこのアサティダの町で、件の方と落ちあう理由は――。


「完全に、こちらに気を遣ってもらってるんだ。かのエルクアージュ嬢が他国の留学生に頭を下げに来たと広まるのは、見聞が悪かろうってね」

「……だったら書面で済ませてくれれば良いものを」

「それ、君が言える立場なわけ?」


 突如抗議を始めたわたくしに対する、レミーエ嬢の恐る恐るあげた質問。それに丁寧に応えて差し上げるなんて、やっぱりさすがのザフィルド殿下ですね。女性にお優しい。それを口にしようものなら「ルルーシェがまともに教えてやってないからだろう」と怒られてしまいそうですが。


 それに、勉強熱心なレミーエ嬢の質問が続く。


「あの〜……隣国とうちの国って、上手く行ってないんですか?」


 わたくしは貝の中の熱々のお汁を啜ってから答えた。


「いえ、比較的仲は良好よ。わざわざ伯爵家の次男が留学に来るくらいだもの。それこそルークト伯爵家の次女と三男も隣国に留学行ってたんじゃなかったかしら。交換留学というやつね」


 ここはアサティダ海岸沿いにある食堂の一角。造りはとても粗野な物で、普段は地元の人々が夜にお酒を嗜む場所みたい。だけど今日は特別に、日中にお店を開いてわたくしたちを歓迎してくれてるの。ハール港ほどではないにしろ、アサティダでも漁業が盛ん。特にこちらは貝の養殖に力を入れているのだとか。バターを添えて炙っただけなのに、とても美味しいわ。こんなシンプルな料理、むしろ普段は食べられませんから。いくらでも食べられちゃいそう!


 なので、珍しい食事を堪能したいところですが……教え子からの質問、無下にするわけにもいかなくてよ。


「ただ今回念を入れている理由は、ツェルド様の家が騎士家系だからかしら。隣国は武力にも力を入れているお国柄ですから。その代表である騎士家系の方に対する非礼は、念のために少し慎重に対応しているというわけ」

「補足するなら、有事の際は我が母国がラピシェンタ王国に兵を送るという条約も結んでいるからだろう。代わりにラピシェンタ王国には食料品の関税で優遇してもらっているんだから、そこまでしなくても良いと個人的には思うんだが……」


 わたくしの対面に座る殿方からのありがたい説明を、わたくしは肯定する。


「困ったことがあれば助け合うのが当然ですわ。農業というのは土地柄が大きく影響して然るべきなんですから。ラピシェンタがそれに恵まれている分、不便を強いられている他国に分け与えるのは当然の慣わしです」

「それは大変ありがたい。どうかこれからもお互い協力しあって……」


 そんな会食兼レミーエ嬢への勉強会を邪魔するのは、斜め前に座るザフィルド殿下でした。


「ちょ〜といいかな⁉ そういうお勉強は、せめてイスホーク殿のいない場所でしようか⁉」


 わたくしの対面で、慣れた手付きで貝を食べている無骨な方が苦笑した。

 ツェルド=イスホーク。年齢はわたくしたちより少し年上の十八歳だと聞くわ。緑色の短髪が凛々しく、大柄な体格。今日は紺色の制服を着ていらっしゃいますが、その下にある立派な筋肉がありありと見て取れますわ。腰にも剣を差している(それは今日のザフィルド殿下も同じですが)。その雄々しい風貌に対して、食べ方がやたら綺麗なのが素敵ね。さすがは貴族。


 そんな殿方の厚意に甘えて、わたくしはザフィルド殿下に対して指を立てる。


「お勉強というものはインパクトが大事ですから。ツェルド様直々に教えていただいた方が、レミーエさんも忘れないでしょう?」

「はひっ……」


 なのに、肝心のレミーエ嬢は焼き立ての貝が熱かったらしく、泣きそうな顔で手を耳たぶで冷やしているけど。もうっ、いつまで手元を震わせているのよ。


「あなた、いつまで緊張しているのよ?」

「で、でも、隣国の、伯爵様……」

「あなたね……自国とはいえ、いつも王家や公爵家の人間を相手にしておいて。今更そこで緊張します?」

「だ、だってぇ、ルルーシェ様やサザンジール殿下は普通じゃないじゃないですかぁ~~‼」

「あら、わたくしたちに何かが欠けていると?」


 わたくしが隣のレミーエ嬢に対して不敵に微笑んでいれば、斜め前に座るザフィルド殿下がツェルドさんに対して「すみません」と頭を下げていた。


 それに、ツェルドさんは肩を竦める。


「いや、俺としてもこのくらい緩い方が助かる。……どうも堅苦しいのは苦手でな。人目の少ない場所を指定させてもらったのも、単純にやれ応接間だの、お茶や菓子の用意などをしたくなかったからだ。従者は連れてきてないからな。それに、たまには食堂ここの料理を食べたかった、というのもある」

「とても美味しい海鮮料理ですわ」


 ツェルドさんが言うには、ここの食堂は剣術部の合宿先として、よく利用しているとのこと。なんでも店主がツェルドさんら剣術部の先輩だという。宿の提供もしてくださっているそうよ。


 にっこり微笑んだわたくしに対して、ツェルドさんがわずかに視線を逸らす。


「……令嬢のもてなしなら、ハールの方に行くべきかと悩んだんだが……喜んでくれたなら何よりだ」


 髪が短いから、赤くなった耳がまる見えですわ。

 たしかこの方、以前わたくしを熱心にダンスに誘ってくれたことがあるんですよね。

 無骨な戦士の可愛らしい様子に、わたくしは「ふふっ」と笑みを零す。

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