秘蔵のエピソードですわ③
従者を連れてきていないということは、お店の支払いなどもご自身でなさるということ。
普通、長期間自国を離れるなら使用人の一人や二人は連れてくるものだと思うのだけど……そこは他国の風習なのか、それともお家柄か何かに問題があるのか。
そこに触れるほど、わたくしたちは深い仲ではございません。
「ルルーシェ様……あの方と以前から面識が?」
「一度、パーティでご挨拶させてもらったくらいだけど?」
だから店先で支払い終わるのをレミーエ嬢と待っていると、彼女はなぜか口を尖らせてきた。
「……罪深い女ですね〜」
「ん? それってどういうこと?」
その時、一足先にザフィルド殿下がお店から出てくる。わたくしたちの会話が聞こえていたのでしょう。ごく自然に――お説教を挟んできました。
「でもルルーシェ。さすがに今日の態度は緩すぎるんじゃないの? こっちは謝罪に来てるんだから……母上が見たら怒りを通り越して泣くよ?」
「けど、ツェルド様の印象は良さそうでしてよ? しっかりツェルド様という将来の友人と帰国前に友好を深めておこう、という目論見は達成できていると思いますが」
「そこは読めているわけね」
そりゃあ、同年代の隣国の貴族となれば、隣国でも次の世代を担う方ですから。次男とはいえ、軍事の上層部を担う可能性の高い方。仲良くしておいて損はないということです。まぁ、次世代なんてわたくしには直接関係ないことではありますが。直接は、ね。
笑顔でザフィルド殿下の小言を流していれば、最後にツェルドさんが出てきて。頭を掻きながら、少し恥ずかしそうに提案してきた。
「まだ時間が取れるなら、少し観光して行かないか?」
アサティダ海岸は、きめ細かい白い浜辺が大変美しい場所でした。
休日だというのに人気が少ないのは、少し前まで増えていたという海賊のせいでしょうか? 一時期海賊船がこの辺りに多かったという話ですが、当然、国はすぐに対処しました。それでも、悪い噂はすぐに引かない。このまま町に閑古鳥が鳴いていたら、隣の領の問題ながら少々心配ね。
それでも、今日はお天気が良くてよかった。日差しを浴びてキラキラと白く輝く海の青がとてもまぶしい。もっと波打ち際まで行ってみたいわ。寄せては帰る白波の規則的な音も、とても耳触りがいいもの。砂を濡らして、目には見えない小さな物を運んで、そして見返りも求めず去っていく。波の音は決して小さくないけれど、だからといって、人気の少ない海岸を謳歌するわたくしたちの会話を、大きく邪魔するわけでもない。わたくしも、そんな風に――なんて、今考えるのは野暮ですわね。
「海岸を歩くのなんて久しぶりですわっ!」
「え、ルルーシェ様、海水浴とか来たことあるんですか?」
「えぇ、ザフィルド殿下も一緒でしたわよね! あの時はみんなで遭難しかけて――」
懐かしい思い出をレミーエ嬢に語ろうとするも、ザフィルド殿下が遮ってくる。
「あれは海岸じゃなくて湖畔だったけどね。あ〜、あの時も大変だったなぁ……」
そんな遠い目しないでくださいまし。ただ湖畔の無人島で一晩明かしただけじゃないですか。
それに文句を言うためクルッと振り返ろうとするも、
「大丈夫か、エルクアージュ嬢」
「ありがとうございます、ツェルド様」
そっと助け起こしてくれたツェルドさんを見上げれば、彼のつぶらな視線がまた逸れる。
「これ以上歩くなら靴を脱いだ方がいい。浜辺を素足で歩くのは気持ちがいいぞ」
「それはいいアイデアですわね! では」
せっかくのご厚意ですから。わたくしは靴を脱ぎ、そのままタイツも脱ごうとすれば――
「ルルーシェ様⁉」
レミーエ嬢の驚きの声と同時に、ザフィルド殿下の制止の手が飛んでくる。
「イスホーク殿、申し訳ない。ラピシェンタでは女性は極力足を見せない方が美徳とされているんだ。ルルーシェはこれでも――」
「あぁ、なるほど。それはすまなかった」
そう、謝罪するやいなや。屈んだツェルドさんの腕が、わたくしの膝裏へと回る。そして簡単に横抱きにされると……さすがのわたくしもビックリです。肝心のツェルドさんは、わざとらしくわたくしの方を見ようとしませんが。
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