お蔵入りの話。2巻(最終巻)は8/10ごろ発売です!

秘蔵のエピソードですわ①

 授業のある日よりも早起きした休日。まだ日が昇ったばかりだというのに、屋敷の門の前には迎えが来ています。その馬車から、呆れ顔で下りてくるのはザフィルド殿下。


「おはよう、ルルーシェ」

「おはようございます、ザフィルド殿下。正直、今日はいらっしゃらないと思っていましたわ」


 昨日の今日ですもの。てっきり他の方でも寄越すかと思いましたのに……ザフィルド殿下は嘆息と共に、わたくしの荷物を持ってくださる。


「あのねぇ、今日はれっきとした公務だから。義姉・・の不敬を詫びに行くというね!」




 先日の剣術大会を覚えていらっしゃるでしょうか?

 そう、体調を崩したクラスメイトの代わりに、わたくしが出場したら大目玉を食らった事件ですわ。わたくしはすっかり忘れてしまいたかった不運な善意のすれ違いでしたが――両殿下が頭を下げただけでは足りないと、再度謝罪に伺うことになったのです。


 ザフィルド殿下はわたくしのお目付け役兼護衛といったお立場なのですが……まさか、公務嫌いで有名な銀王子から積極的にその単語を聞く日が来るとは思いませんでした。


 そんな移動の馬車の中で、寝ぼけ眼のレミーエ嬢が聞いてくる。


「あの~。それになんで私が同行する必要があるのでしょう?」


 ちなみに、つい先程までレミーエ嬢が同行する予定はございませんでした。わたくしが無理を言って、アルバン家まで寄っていただいたのです。わたくしが玄関先で待たせていただいた時、レミーエ嬢はまだボザボザ頭のパジャマ姿でしたわ。


 わたくしはそんな彼女の御髪を整えてあげながら、優雅に微笑んでみせた。 


「ふふっ。謝罪なんてあくまでおまけよ。ただ海を観光しに行くだけですから、お友達がいた方が楽しいじゃありませんか」


 四人乗りの馬車で横に座る彼女ににこやかに答えれば、対面で一人足を組んでいるザフィルド殿下が口を挟んでくる。


「公務だから。父上から言い付けられた、れっきとした仕事の一環だから。私用のサインとはいえ、父上からの一筆まで預かってきているからね⁉」

「でも、それが終わったら遊べるでしょう?」

「いや、そんな暇なんて欠片もないはずだけど。追試が差し迫った誰かさんには」


 あらあら、とても不機嫌そうですわね。レミーエ嬢もいるのに。いつもの女好きする愛想は宜しいので? と、そんなことを彼女の手前聞くわけにはいかないので。

 淑女らしく、和やかに返しましょう。


「今日はやたら辛辣ですわね? そんなにお嫌なら、無理に着いて来ませんでも」

「だから、僕はお目付け役と護衛を兼ねているから。それとも、兄上が同行した方が良かった?」

「さすがのサザンジール殿下も、わたくしに愛想を尽かせたのでは?」


 だって、思い出のドレスを目の前で捨てられたも同然の行為をしたのですよ。

 こんな裏切り者を、それでも好いてくれるほど変わり者でもないはずです。

 なので、鼻で笑うように答えれば……ザフィルド殿下は頬杖をついて、窓の外を見る。


「……そう思うなら、さっさと片付けて勉強するんだね。これ以上大事にしたくなければさ」

「えぇ、善処させていただきますわ」


 ピリピリとした空気に、レミーエ嬢が「なんで私、ここにいるんだろう」とため息を吐いている。当然、ただの気まぐれで連れてきたわけではないのだけど……別に、観光ということでいいではありませんか。


 今日はこんなにも空が澄み渡っているし、馬車の揺れが心地よいのですから。

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