蛇足「素敵な連休を満喫しますわ」を神様は見ていた。

 ――きみが死ぬまで、あと28日。


 この連休中、とても楽しそうにしていたね。

 王宮に泊まったことはあっても、お友達の家に泊まるのは初めてだったんでしょう? 

 枕を抱えてソワソワしてたのは……枕投げでもしたかったのかな? まぁ、疲れ果てた令嬢ちゃんがすぐに寝ちゃったから、念願叶わずだったようだけど(そもそも十代半ばの女の子が枕投げ?)


 その後すぐにきみも寝ればいいのに、やれ寝相チェックだ。やれいびきの回数をメモしたり。昔自分がされて嫌だったんだから、しなきゃいいのに。自分だって疲れてるんだし。それでも……眠い目擦ってまで頑張っちゃって……本当に、不器用な子だね。


 ……と、この連休がこんな可愛らしいもので終われば、万々歳だったんだけど。

 いやぁ、最後のパーティーで色々やらかしたもんだ。


「……きみに何を言ったらいいのか、わからない」

「僭越ながら、申し上げても宜しいでしょうか?」

「ものすごく嫌な予感しかしないけど……聞いてあげよう」


 だから三日ぶりに会った彼女に、何を言うべきか悩んでいると――やっぱり彼女の方から打ち込んできたもんだ。


「神様の助言が役に立った記憶がございません」

「ほんっときみはかわいいなー!」


 これでもね、僕なりに心配してるの!

 そりゃあ、きみからしたら要らぬお節介なのかもしれないけど~!


 そんな悲しい現実に打ちひしがれながら、彼女が用意してくれたお茶を飲む。。

 すると、彼女は嬉しそうに訊いてきた。


「そんなことより如何ですか? わたくしの用意したお茶は」

「別に、こんな気を使わないでいいのに」

「明日はお茶菓子も持ってきますわね」

「だから、別にいいって」

「ふふふ」


 いやぁ……本当ならもっと早くに僕が用意するべきだったね。むしろこの七十日間、今までよくお茶の一つも出さない僕に、彼女が文句一つ言うことなく付き合ってくれていたもんだ。


 変なところ律儀というか、なんというか……。

 そうぼんやり自分が用意したお茶に舌鼓打っている彼女を眺めていると、彼女の黒々とした瞳と目が合う。


「なんですか?」

「いや……自分の助言は役に立たないようだから」


 ちょっと拗ねてみせれば、彼女はニヤニヤ口角を上げる。


「役には立ちませんが、聞かないとは言っていないですよ?」

「きみ、ほんとーにかわいいね!」

「お褒めいただき光栄ですわ」

「嫌味だよっ‼」


 あ~もう、まったく。

 こっちはさ、あんなヒヤヒヤする光景を見させられた後なんだから。その真意を聞くべきか聞かないべきか悩んでいる時も――やっぱり彼女から切り出してくるんだ。


「でも、神様もわかっていたのでは?」

「なにが?」

「ザフィルド殿下のことですわ。そんな殿方をわたくしに勧めたのですよ? 少々趣味が悪いのでは?」


 でも、それが一番全てが丸くいく方法だと思ったんだよ。


「そうでもなかったんだよ。彼のきみへの気持ちは本物だし、きみが彼を受け入れてあげれば、とても大事にしてくれたんだ。本当……人が変わったと思うくらい、真面目にさ?」


 その未来が、きっときみにとって一番イイものだと思った。今でもそう思っている。死ぬ運命だけは変えてあげることができないとはいえ――きみだって、あの王子のどちらかに殺される最期なんで嫌だろう? だったら……弟王子と結ばれていれば、きみを狙ったのは、今日のパーティ主役の姉であるレメル伯爵嬢。ファブル公爵嬢から唆されるのと、弟王子への恋慕の腹いせのトラブルは、それはそれで凄惨なものになってしまうのだけど。


 それでも、きみが選んでしまった未来は――やさぐれた弟王子から一身に受けてしまう嫉妬に相対するきみの姿を頭振る。どうせ僕は、見ていることしかできないんだから。


 それに、そんな僕の未来予知など、きみは期待すらしてないだろうからね。


「階段から突き落としたひとが、ですか?」

「あれも、実は弟王子が受け止めるつもりだったんだよ。ただ、たまたま近くにいた兄王子がきみを助けようとして……まぁ、失敗したんだけど。兄王子が下敷きになってくれたから、きみも大きな怪我はなかったでしょ?」


 だからさっさとこの話もおしまいにして、せめて明日以降の予定でも聞いていこう――とお茶を呑んでから彼女を見やれば。あれ? 珍しく固まってる。


「わたくし……お礼を申していませんわ……」


 ……そっか。

 そんな彼女を見て、僕はバレないように小さく笑う。そうだよね、きみは案内律儀だもんね。


 ――やっぱり、幸せになってもらいたい。

 

 意地っ張りで、わがままで、いたずらが大好きなきみだけど。

 それでも真面目で、律儀で、友人を大切にするきみだから。


 あと残り少ない日々を、悔いなく過ごしてもらいたい。 


「一度、兄王子と話してみれば? 弟王子の謀反疑惑もあるし、あの令嬢ちゃんにも懇願されてたでしょ。思いの外、いい結果になるかもしれないよ」

「そう……ですわね……考えてみますわ」


 ふふ。でもやっぱり、堪えきれないや。

 さっきまで『神様の助言なんて!』と言ってたのに、けっこうしっかり聞き入れてくれるじゃないか。かわいーなー。焦って怒るふりする姿も、本当に可愛い。


「ど、どうして笑ってますの⁉」

「え? だって自分の助言、役に立ったでしょ?」

「か、神様風情が生意気ですわよ⁉」

「あはは~。神様風情って暴言は初めて聞いたなぁ」

「もうっ‼ 役に立つかどうかは、これからなんですからねっ!」


 あわよくば――。

 そんな男としての願望、抱かないわけじゃないけど。


 ねぇ、ルルーシェ。きみが最期まで全力で生きるなら、僕も最後まで全力で要らぬお節介を焼き続けるから。あと二十七日も、どうぞよろしくね。

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