蛇足「恋愛とはなんですか?」を神様は見ていた。

 ――彼女が死ぬまで、あと37日。


 色々割愛するけど、ようやくキタ。


『僕はルルーシェのことが好きだ』


 恋愛告白イベントキターーーーーー!

 青春とは、やっぱりこれだと思うんだ。

 しかも三角関係だよね。ヒロインには本命の王子様的男の子がいたんだけど、王子様にひどいこと言われてないているところに、昔からヒロインを見ていてくれた幼馴染が『俺にしとけよ』……みたいな! まさにそんなシーンだと思うんだ。


 それなのに、今日もルルーシェ=エルクアージュさんときたら、


『……わたくしも末永く義兄弟として仲良くしていただければと思いますわ』

『そんな意味じゃないことくらい、わかるだろう?』

『わかりませんわ。わたくしはサザンジール殿下の婚約者ですもの』


 ……ですからねぇ。

 まぁ、弟王子が色々とやらかしていることも知っている僕だけど。

 それでもやっぱり、弟王子には肩入れしてしまうんですよ。……ずっと失恋している男同士としては、さ。




「もう……わたくしの顔に何か付いてますか?」


 僕は「この子ほんとどーしたいのかなぁ」なんて考えながら、ついつい見すぎてしまったらしい。少し照れたような様子で顔を背ける様子が可愛らしいものだから……本当に思う。


 その可愛さ、どうして現世の男共にも分けてあげないんだろう。


「きみ、本当に馬鹿じゃないの?」

「……昼も同じ暴言を吐かれましたわ」

「そりゃ言いたくなるよね。ほんと馬鹿。どうしてもっと自分の幸せを考えないの? いいじゃん。弟王子。兄王子に不貞されたから、弟に鞍替えしました。結婚はできなかったけど、最期に本当の愛を見つけて幸せに看取られて逝きました――どう? なかなかに幸せな最期じゃない?」


 だって、僕はきみに何もしてあげられないんだから。

 もっと自分の利になるような立ち振舞……頭のいいきみなら、できそうなものなのに。


 そう思うからこそ、思わず言ってしまう。


「まぁ、きみのことだから。それこそ不貞だ貴族の矜持がとか言うのかもしれないけど。でも、気晴らしとか傷心を癒やしたいからとか理由を付けてさ、色々な所に連れてってもらいなよ。節度を持って甘える分には問題ないんじゃない?」

「まったく心惹かれませんわね」

「……きみは、そんなに兄王子が好きなの?」


 あまりに説得に応じてくれないから。根本を聞いてみれば、彼女はとんでもないことを言ってきた。


「俗にいう恋愛というものについて、考えたことがありませんわ」


 …………は?

 えっ、きみはもう十六歳でしょ? 社交界に散々出まくってたんでしょ?

 だったら、年頃の女の子の話すことなんて……ねぇ? たかが知れてるじゃん。


「誰に対しても?」

「えぇ」


 百歩譲って『初恋はまだです』というなら可愛らしいとも思わないでもないけど。恋愛について考えたことがないとか。どれだけ余裕のない生活をしてきたの?


「ふーん……可哀想なひとだね」


 あ、しまった。

 なんとなく言ってしまったことが失言だと気がついたのはすぐだった。


 だって一瞬……本当に一瞬だったけど、彼女が怒ったように顔を引きつらせていたから。だけどすぐに、彼女は肩を竦めて鼻を鳴らしていたけれど。


「それは誰のことを言っているんですの?」

「怒らないでよ。僕はきみに、幸せな末路を迎えてほしいだけなんだから」

「余計なお世話ですわっ!」


 途端、彼女は急にキレた。だけど、僕が何か言おうとする前に……一呼吸置いた彼女は、笑うから。


「ねぇ、神様。あと三十六日で死ぬわたくしに……これ以上何を求めるんですの……?」


 泣きそうな顔なのに、必死に強がって笑うから。

 僕は思ってしまう。やっぱり僕がしてあげられることなんて、何もないんだと。

 ならせめて、僕が出来ることといえば――なるべく彼女の気を逆撫でないで、あげることだけ。


「……遅かれ早かれ、『死』は誰もが必ず通る道なんだ。好きにすればいいさ」


 僕なんてやっぱり、彼女のそばに居ない方がいいのかもしれない。




 ――彼女が死ぬまで、あと36日。


 と、殊勝にその時は思っても。やっぱり僕は傲慢なんだ。


「ねえ、神様。今日はお会いできないと思っていたのですが」

「……きみは僕の顔を見たくなかったって?」


 たとえ彼女に嫌われるだけかもしれないと思っても、やっぱり彼女に会いたくなってしまうんだもの。僕はなんて女々しいんだろう……。


「そんなことは言ってませんわ」

「ふーん」


 たとえニヤニヤときみに笑われるだけだとしても、さ。

 



 ――彼女が死ぬまで、あと35日。


 その気まずさが、一日二日で解消されるわけがない。


「……ねぇ。今日も何もお喋りしてくれませんの?」

「昨日もこうやって無視はしてないと思うけど?」

「それはそうですけど……何をそんなに拗ねているんですの?」

「別に、何も拗ねてないさ」


 でも、僕が気付いていないと思ってるの?


「お子様ですわね……」


 そうため息を吐きながらも、なんか楽しそうにこちらをチラチラ見てきているじゃないか。

 だから、僕はきみを楽しませるために、存分に拗ねてやるんだ。


「神に年齢という概念はないからね。きみが子供だと思えば子供だし、老人だと思えば老人でいいんじゃないかな」

「まあ、屁理屈」




 ――彼女が死ぬまで、あと34日。


 そしたら案の定、彼女はまた面白い遊びを見つけたらしい。

 擦れられる側ではなく、拗ねる側に回るという遊びを。


「……ねぇ」

「…………」

「ねぇってば」

「…………」


 僕が話しかけるたびに、右に「ツーン」左に「ツーン」。

 そのわざとらしさは、可愛らしいとも言えるから。最初はあの手この手でご機嫌取ろうと試みたけど……いや、あの……うん。これ続けられると、普通にムカつくね⁉


「性格わっる! こっちは無視しなかったのに、きみは無視するんだ⁉」

「…………神様は意地悪なことしか言ってくださらないんですもの」


 ……ん?

 なんか今、めちゃくちゃ可愛いこと言わなかった?


「心配されたいの?」

「…………」

「余計なお世話だと言ってたのはきみだよね?」

「…………嫌だとは申しておりません」

「余計なのに?」

「助言はまったく参考にする気はございませんが、それでも心配してくださることはそれなりに好ましく思っておりましたのよ?」

「うっわ。わがまま」


 そう吐き捨てながらも、思わず笑ってしまう。

 そうか。僕のおせっかい、ちゃんときみの役に立ててたんだ……。


 それを安堵したからこそ――やっぱり、しっかり確かめておいてあげなきゃならないことがある。


「きみはやっぱり、兄王子のことが好きなの?」

「……基本的には努力家の方ですし、次期国王として好ましい方だと思ってましたわ」

「そういうんじゃなくってさ……異性として恋慕は抱いていたのかって話」

「……そういう感情、不要じゃないですか」



 僕と話すことで、少しでも彼女が自分の感情を向き合うことができるなら。たとえ僕がきみに嫌われたって、きみの心残りが少しでも減るのなら。


「でも、もしそんな感情を抱いてよいのなら……」


 僕は何度だって、きみと喧嘩をしよう。

 そう向き合おうとしたら、彼女は思いついたようだ。


「ねぇ、神様。始めの約束は覚えていてくれてますか?」

「始めの? きみの死に様が美しければ……という賭け事のこと?」

「そうです。しっかり有効ですよね?」

「もちろん」


 だって一応、僕は神様だもの。

 約束を違えるなんて、それこそ神失格の事案だ。


 それに、彼女が最期に何を望むのか――とても気になるじゃないか。

 だから僕が頷けば、彼女はいつも以上に上機嫌で「ふふっ」と笑う。


「え、何。その笑み。怖いんですけど」

「あら神様。淑女に対して怖いとか、失礼ですわよ?」


 いや、だって今のさっきまで拗ねていた子が……ねぇ⁉

 それでも、彼女が美しい黒髪を掻き上げて、キラキラした目で未来を見るから。


「さあ、今週末は楽しい三連休ですわ!」

「……本当にあんな予定でいいの?」

「勿論ですわ!」


 たとえその計画が、僕からしたら偏屈なものであったとしても。

 僕は最期まで、きみの楽しそうな姿を見届けるんだ。

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