蛇足「勘違いする方が悪いのですよ?」を神様は見ていた。

 彼女はその日も、変なことをしていた。


『ルーファスが家を出ただとっ⁉』

『はい。この度は勝手なことをしてしまい、大変申し訳ございませんでした』


 まぁ、変なことと言っても、弟を勝手に家出させたことに関して謝罪と報告をしているのだけど。その内容に関して、彼女は一切誤魔化さない。……もうちょっとさ、言い訳っぽいこと言えばいいのにね。こういう時こそ愚直なまでに、自分が思ったこと、やったことを馬鹿正直に話すものだから。


『どうして一度、自分らに相談してくれなかったんだ?』

『反対したでしょう?』

『それは……』


 彼女の丸くてツルッと頭を光らせたお父さんも、怒るに怒れないのだろう。

 引き篭もりの嫡男を問題視してたのは、彼らも同じ。

 

 その後、彼女らは建設的に跡取りの話をする。

 そうだよね、長女である彼女はもう王太子と婚約しているから。そこは何があっても不動にすべく事案。だから普通はルーファスくんの代わりを、親戚筋から養子をもらうとかだよね。


 そう話が纏まりそうな中、ルルーシェが不吉なまでに得意気な笑みを浮かべた。


『ルーファスの代わりに愛でることができる存在を、新しく作るのはいかがでしょう?』


 なああああああに言っちゃってんのかなあああきみはあああ⁉


 実の両親に? 十代のご令嬢が? ナニを提案しているのかな⁉

 実際、彼女の両親も顔を真っ赤にしていて。お母さんなんて『まあ』と口を開いたまま固まっちゃったじゃない。お父さんは……ダメだ。意識がどこかへ旅立とうとしている。まだあなたの余命には早いよ?


 でもこういう時、強いのは母親だよね。やんわりと……否定しようとする。


『で、でも……私たちももう年ですし……お父様も、ねぇ?』

『そうだな……最近は足腰の衰えが……』


 そんなもっともらしい言い訳を、彼女は両手を打ち合わせて一蹴した。


『では、鍛えましょう! わたくしも最近トレーニングを始めたのですが、汗をかくのもいいものですよ!』

『だ、だが……』


 いや……あの、ルルーシェさん?

 そんなキョトンと可愛い顔してもダメだってば。話のね、論点というか、想定しているのが僕らときみとじゃ違うことはまぁお察しなんだけど……それでも、普通この話の流れから『新しい趣味を増やして寂しさを誤魔化しましょう!』て提案だとは思わないから。そもそもお父さんらは、自分らが没落するかもなんて欠片も思っていないんだし。


 だけど『今』、僕が彼女に忠告してあげるわけにはいかなくて……。


『それに、滋養強壮に良い薬についても調べてありますの。今度取り寄せても宜しくて?』

『そ、そんなに勧めるのか……』

『勿論ですわ! わたくしも一緒に頑張りますから! ね? 一緒に前向きに取り組んでみませんか?』

『い、一緒っ⁉』


 あ~。ほんと、神様なんてくそくらえだ。

 まるで彼女の役に立てやしない。なんかもっとさ、派手でものすごい“奇跡”をばんばん起こせればいいのに……。だけどそんなことができるなら、そもそも彼女の死ぬ運命をどうにかしてあげたいんだけど。


 ほんと、ぼくはずっと無力だから。


『ダメ、ですか……?』


 上目遣いで両親を口説こうとするルルーシェの顔が可愛いなぁ~、と思考停止させておく。




「きみは本当に罪つくりなひとだよね?」

「あら。殿下のことじゃなくて?」

「残酷といってもいいかも」

「まぁ、そんな悪女ですか」


 あの言い方はこういうことを示唆しているように聞こえるんだよ。

 そう教えてあげるべきなのかもしれないけど……ごめん。僕にそんな度胸はない。


 だからこうね、やんわりとね? 自分から気がついて反省してくれないかなぁ~なんて思っていたら、彼女はとんちんかんなことを訊いてきた。


「神様は前世でも神様でしたの?」

「ん? どういうこと?」

「神様はおモテになるのかしら、と思いまして」

「モテる……」


 そうして思い出すのは、昔のこと。

 千年以上の時の中で、記憶もどんどん風化されてきてしまっているけれど……絶対に忘れられないこともある。


 それは、“彼女”と出会ったこと。異端の髪色を持っていた彼女は、まわりからひどく虐められていて。それでも果敢に立ち向かっていた健気な姿に、貧乏で場当たり的に生きていた僕は雷に打たれたような衝撃を受けたんだ。


 あんな風になりたい。あの子と肩を並べられるようになりたい。あの子のことを守りたい。

 “彼女”のことを知るたびに、次第にそんな風に考えが変わっていき。“彼女”に好かれる自分になるため自分を磨いていたら……まぁ俗に『色男』と称されるような立場になっていたんだけど。


 ……だけど、そんなこと言ったら、きみからの印象は悪いよね?

 その時の経験を生かして、それっぽいことを回答をしておこう。


「残念ながら、異性に好意を寄せられた記憶はあまりないかな。根本的にあまり喋っていいことではないんだけど……余裕のある暮らし、ということをした記憶がなくてね。おそらくきみの考えるような甘い経験はしたことがないと思う」

「なるほど……失礼な質問をしてしまい、申し訳ございません」

「いや、畏まられるのも困るから。まあ、そんなんだから――」


 ――でも、ちょっと待って?

 僕、“ルルーシェ”からの印象をこんなにも気にするの?


 ……てことはあれじゃん。敢えて意識しないようにしてたはずなのに、めっちゃ意識してんじゃん。え? なんで? だってこの子と“彼女”は別人だよ? 同じ魂持っていたとしても、全然違う人生歩んでいたら、それはもう別人じゃん。たしかに、見た目や雰囲気はそこはかとなく似ていたりはするんだけど……。


「そうか。やっぱりそうなんだ……はあ、まじか。そっか……」


 あ~、そっか。僕、やっぱりきみのことが好きなんだ。

 やだな~、だってきみめっちゃ変な子じゃん。凄いな、尊敬するな、と思う点もたくさんあるけど……でもさぁ、実の親に十六歳にもなって『跡取り作ってね』とおねだりするような子っどーなんよ。きみは無意識なんだろうけど。でも……そうだよなぁ、その無垢さも可愛いよなぁ。はあ……。


 なんて考え事に耽っていると、彼女はまた「ふふっ」と僕を見て笑ってくるから。


「え、いきなり笑ってどうしたの?」

「こういう時は心を読まないんですのね?」

「きみが読むなと言ったんだろう?」


 はいはい、僕も好きな子が嫌がることはしないようにする主義なんですよ。

 そう投げやりに答えれば、彼女はにっこりと美しい笑みを返してくる。


「明日も全力で頑張ろうと思いまして」

「……程々でいいと思う」

「それは謹んでお断りさせてもらいますわ」


 “あの時のきみ”は、そんな上品な綺麗な笑い方はしなかったんだけどね。

 それでも、僕は――どうやらやっぱり“きみ”のことが好きらしい。

 

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