一巻発売を記念して、番外編を投稿します。

蛇足「泥棒猫が泣いてしまいましたわ」を神様は見ていた。

 ルルーシェ=エルクアージュ。

 たとえあの子の生まれ変わりとて、あの子とは違う存在だ。

 たとえ同じ魂を持っていても、生まれ育った環境やそれまでの経験で、ヒトはあらゆるヒトになる。それこそ、面影とか気質とか……同じ点を探す方が難しいかもね。


 だから、僕も期待しちゃいけない。ルルーシェとあの子は別人だ。

 だから、一定の距離を置いて。“神様”としてルルーシェを見守り、困ったときは少しだけ助言をしてあげて、全てが終わった時に『神様のおかげで、少しだけ報われたような気がしましたわ』なんて言って、少しだけでも笑ってもらえたら――そんなことを思っていたのに。

 



 ――彼女に残されたのは、あと99日。


 僕と話したあと、ルルーシェは自分の屋敷で目覚めた。

 階段から落とされた・・・・・彼女を婚約者サザンジールが助けたあと(あれは助けたのうちに……入るんだよね?)、サザンジールは自分の治療をおざなりに彼女を医務室へ運び、その後も各所へテキパキ指示を飛ばしていた。


 普段は結構バカっぽいし、格好つけるのが苦手なひとのようだけど、やる時はそこそこ動ける男みたいなんだよね、彼。

 王様としてまだまだ足りないも多いけれど、きっと将来は……ま、こんなことはいいか。どうせ僕は見ているだけだしね。そもそも事情があるにしろ、ルルーシェの気分を害する張本人には違いないし。なんでお見舞いに他の女の子連れてきてるの? 頼まれたとか、諸々の誤解を解消するとか、今じゃないだろ。気焦りすぎ。ばーかばーか。


 ルルーシェも、彼の顎の怪我は気になったらしい。


『サザンジール殿下……? 顎はどうしたのですか……?』

『そ、そんなことはどうでもいいんだ‼』


 それに、ルルーシェの顔がスンとした。あれは機嫌を損ねた顔なのかな? ちょっと彼女のことがまだよくわからないけれど……ルルーシェが起き上がろうとすると、サザンジールの横から彼女の気をもっと害する存在が飛び出してくる。


『無理しないで!』

 

 レミーエ=アルバン。ルルーシェとは直接の面識はないんだっけ? そんな子にお見舞いに来られても、迷惑なだけだろうなぁ。しかも自分より格下の子ってやつでしょ? 


『心配は不要ですわよ。レミーエさん』

『え……?』


 そうそう。そんな目障りな子はさっさと追い払っちゃってさ、ルルーシェも楽しいことを探しに行きたいよね?


『ルルーシェ! レミーエの気遣いにそんな言い方はないだろう⁉』


 それを邪魔してくるサザンジール。そもそもきみ、ルルーシェの婚約者ってだけで気に入らないんだから大人しくしててよ。……ここで嫉妬する僕もおかしいのかもしれないけど。


 だけどルルーシェは、そんな邪魔をものともしないらしい。


『……本当に体調が悪くないので、そう言ったまでですが』

『だとしても、もっと言い方があるはずだっ!』


 喚くサザンジールを置いておいて、ルルーシェはレミーエに微笑みかける。


『あのね。放課後に時間を貰えるかしら?』

『で、でも……ルルーシェ様はお身体が……』

『本当に大丈夫よ、明日は必ず登校するわ。殿下、レミーエさんをお借りしても宜しくて?』

『あ……あぁ。ただ、無理をさせるなよ?』


 ……何をするつもりなんだろう? あれかな、“ざまあ”ってやつ? まぁ、そうだよね。婚約者を取られたみたいな形になっているんだもんね。彼女がサザンジールに対してどんな感情を抱いているかは知らない……知りたくないけど。とりあえず色々苛つかせてくれた存在に復讐したくもなるか。なるほどね。


『勿論ですわ』


 まぁ、当分は僕も大人しく様子を見てみよう。これは、彼女の人生だ。

 にっこりと美しく微笑む彼女が、どうか心から楽しく笑えるように――僕は勝手に願うことしかできないのだから。





 ――彼女に残されたのは、あと98日。


 あっれ……?


 翌日の放課後。ルルーシェはレミーエと学校の空き教室にいた。なぜか指示棒を持ったルルーシェが教壇に立って、不気味なまでにニコニコとしている。対して、レミーエが座る机には山積みの教科書。それにレミーエも言い知れぬ不安を感じているようだ。


『ルルーシェ様……今日は何をするんですか?』

『わたくしが勉強を教えて差し上げますわ』

『え?』


 ……あれかな。ルルーシェは御令嬢ってやつだから。“勉強を教える”っていうのは何かの隠語だったりするのかな?


『ついでに一般教養に礼儀作法……わたくしの知り得る限りを全て叩き込んであげます』

『あの……えーと……?』


 そうそう。“一般教養と礼儀作法”も……私に歯向かうということへの恐ろしさを教えてあげますわ! みたいな……。


『あなた、あまり成績が芳しくないでしょう? 殿下の隣に立つには、些か足りないものが多いのではないかしら?』

『気持ちさえ通じ合っていれば、そんなもの些細な障害でしかないわっ!』


 おおっと。だけどレミーエも噛み付くね。真実の愛的な? うわ~そのドヤ顔ムカつく~。ルルーシェも一発くらい頬を叩いても罰は当たらないと思うよ。だいじょーぶ、僕が神様だから。ちなみに女性同士の喧嘩を嗜好する特殊な趣味があるわけではないので、あしからず。


 それなのに、ルルーシェは僕の期待するような展開をせず――ただただ笑みを深めるだけだった。


『あなたの帰りが遅くなること、お家の方に連絡してあるんですけどね』

『え?』

『父親であるアルバン男爵からも頼まれましたわ。『宜しくお願い致します』と。そして伝言です。わたくしに失礼のないようにしろよ、とのことですわ。まさか、お父様からの激励を無下になさるの?』


 その笑みと手回しの良さに、なぜか僕まで背筋が震えてしまう。

 ……こっわ! 下手な殴り合いとかより、よっぽど怖っ。

 

 そして閉口したレミーエにルルーシェは指示棒を手に打ち合せ『それでは、まず立ち方から始めましょうか』と満足げに、本当に立ち方や座り方の指導を始めたのだけど……。


 そうしてみっちり三時間くらいレミーエに教育を施して、彼女は約束通り家までレミーエを送った――その帰り道。さすがの彼女も身体が本調子じゃないのだろう。馬車でうたた寝をし始めて。


 ……えーと。聞いてもいいかな?


「きみは何をしているの?」

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