閑話 元神様の独白

 ◆ ◆ ◆


 ――普通の女の子みたいな毎日を過ごしてみたかったな。


 それは“あの子”が死に際に放った最後の言葉だった。そんなことを言いながらも、彼女はゆるやかに微笑んでいて。……それが、魔女として疎まれ、魔女だからと断罪されようとした少女の末路。


 きっと僕しか知らないだろう――彼女の最期の願い。

 僕の腕の中で死んでいった……少女の最期の希望。

 



 神になったとて、万能にはなれなかった。

 一日何千、何万の人が生まれて死ぬのを全て知覚できるわけでもないし、そんな多くの命の輪廻を僕の思考を持って管理できるわけでもない。無意識下にて、淡々と。処理して。処理して。処理して。そんな千年以上の年月は、ただただ空虚でしかなかった。この世界に今は存在していないけれど、神なんて機械の歯車と一緒だ。色もなく、匂いもしない。そんな世界で僕が考えることは、生きていた頃の後悔と、今の空虚に無意味な時間の愚痴だけだ。


 どうして僕は神になんてなってしまったのだろう。

 不誠実で不名誉な英雄とされた僕は、そのまま不運に神なんてものに選ばれてしまい。もしも輪廻に入らず、この神としての時間に意味があるとすれば……きっと僕の魂は還る価値もないということなのだろう。

 それなら……ごめんね。“あの子”に助けられてしまった命は、千五百年越しの後悔と共に概念となろうとしていた。


 ――そんなとき、僕は無意識の中にいた少女に気がついてしまった。

 彼女は、あと百日で死んでしまう可哀想な女の子。生まれてずっと『王妃になる』という責務を負ってきた。笑顔を仮面のように被ったままの少女の末路は、添い遂げるつもりだった男に不運に刺されてしまうというもの。

 そんな少女の存在に、僕の無自覚だったはずの感覚は色を、匂いを、質量を取り戻し。僕の全身は突如慟哭をあげる。


 あぁ……きみは、またどうしてそんな運命を背負っているのだろう?

 どうして、きみはまたそんな不幸な人生を過ごしているのだろう?

 どうして……僕はきみの死に様を見ていることしかできないのだろう?


 僕の沈みかけていた意識は、再び覚醒した。そのあとは、立ち止まっていることができなかった。

 それでは、千五百年前と一緒だ。歴史上一番の大馬鹿野郎。僕はその時と何も変わらず――ただ闇雲に、きみを助けたいと手を伸ばすだけ。


 くそったれ、どうして神は万能ではないんだ! 叶うことなら、たとえ世界を犠牲にしてでも、きみの命を助けたいのに。僕には、そんな奇跡を起こせないから……。

 だから僕は、結局独り善がりの偽善を行うことしかできなかったんだ。


『あなたは百日後に死にます』


 きみの末路を大袈裟に語り、僕の考える幸せをきみに強要する。あぁ、僕はなんて傲慢なんだろうね。それでも、僕はどうしても……きみの笑顔を見たかったから。そんな願いも、ただただ偽善でしかない。そもそも生まれ変わりとて、“あの子”とは別人だ。記憶が違う。境遇が違う。同じ魂を持っていたとしても、それらが違えばまるで別人だと言っても差し支えないだろう。



 それでも強く、気高く、傲慢なきみの姿を見届けながら。

 万能のふりをした無力な僕は、再び違うきみに恋をする――。



 生まれ変わるその瞬間まで、背筋を伸ばしたルルーシェ=エルクアージュは美しかった。彼女のお辞儀カーテシーはずるいよね。笑みの奥に有無を言わさない圧力を感じる。絶対に迎えに来なさいよ、と。……まぁ、断る理由なんかないんだけどさ。


 でもさ、きみは気づいていた?

 生まれ変わったら、当たり前だけどまた記憶が無くなるんだ。だから、この約束だってきみは覚えていないかも知れない。“ルルーシェ=エルクアージュ”とはまた違った人生を、また違った世界で送るんだから。


 だから、たとえまた僕との邂逅を望んでくれたとしても……その願いを調子よく解釈して人に堕ちた僕がのうのうと会いに行ったとしても――きみは、全く僕のことなんて覚えていないかも知れない。


 それでも、また僕はきみに会いに行くよ。

 たとえきみが何も覚えていなくても……もしかしたら、僕自身が覚えていないかも知れないけど……僕は必ずきみを探し出す。そして必ず、きみが僕に願ってくれたことを叶えてみせるから。




 だけどその前に――きみが大切にしていた子たちのことを、少しだけ見届けてから行くことにした。

 きみは全てを『閑話ですわ!』と笑い飛してしまったからね。ある意味全部見ていた僕の方が、気が気じゃなかったんだよ。まぁ、これもただの僕の自己満足なんだけどさ。

 

 概ね、みんな幸せになったんじゃないかな。弟くんは姉を想って描いた絵で注目を集めるようになって、アンドレ=オスカーに匹敵する名匠となったし。名画『ルルーシェの微笑み』だってさ。ご両親も最期の時まで順風満帆、仲良く添い遂げてたよ。


 あと、きみのお友達たちだけど――それこそ、きみにとっては無駄話でしかないのかな?


 兄王子や国から姿を眩ませ、酒場でやさぐれてた弟王子を見るに見かねて僕がお酒を奢った話とか……知りたいのかな? まぁ、僕はずっと恋い焦がれていた女性に告白されたんだぜイイだろー、て自慢してきただけなんだけど。


 でもなんやかんや(僕との杯がきっかけ……なんて傲慢はさすがに言うつもりないんだけど)、彼も多少は立ち直って。持ち前の剣の腕や口の上手さを使って、世界中を放浪したらしい。その途中、祖国に戦乱の危機が迫ったりした際は、それとなく噂や印象操作などして、兄の為政の一助となったりならなかったり――そんな彼が、人知れず“英雄”なんて呼ばれるようになったことなんて、彼自身からしたら嫌味でしかないんだろうね。どんまーい。


 でも彼の暗躍のおかげで、サザンジール=ルキノ=ラピシェンタの治めた時代は後世に語り継がれる平和な世になったと――その時代の前王妃の遺言には書かれていたそうだよ。彼女は棺に入る時も、その手首に白貝の飾りを着けていたそうだ。


 ねぇ、ルルーシェ。

 この世界に本当の奇跡がないことは、僕がいちばん知っているけれど。きみが残した軌跡は、たしかに世界に刻まれていたよ。それすらも……きみは『閑話』だと強がってしまうのかな?



 ◇ ◇ ◇



 そして、ようやくきみに会えると海に“堕ちた”時だった。

 僕に記憶が残ったのは、散々ごねたから。諦めないと得だね。もちろん、彼女のように格好良くはいかなかったけど……それでも運命に全身を任せられるほど、奇跡を信じられなかったから。


 白い砂浜で、波が何度も寄せては引いていく。さぁ、彼女を探そう。たとえ『あなた誰ですか?』などと冷たい視線を返されたとて、めげるものか。何度も何度も、僕はきみに――。


 そう、立ち上がろうとした時だった。

 青い空の下に影ができる。その影の張本人は、僕に華奢な手を差し出していて。


 シンプルな白いワンピースを着た少女。黒い髪を耳にかけ僕を見下ろす笑顔は、やっぱり誰よりも美しい。


「ふふっ。待ちくたびれたわよ?」


 思わず、僕は奇跡に感謝する。

 ――さぁ、僕らが再び死する時まで。共に最高に楽しい毎日を始めよう。



 100日後に死ぬ悪役令嬢は毎日がとても楽しい。 《完》

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