とてもまぶしい三日間でしたわ④

 ――あと2日。


「ルルーシェっ! 是非この俺にきみをエスコートする名誉をいただけないだろうかっ‼︎」


 もう殿下の雄叫びを聞かないと登校した気にならなくなってきたわね。……でも、それも今日で最後。


 明日は家でのんびり過ごそうと決めてましたの。特に理由も言わずに「明日は家族でゆっくりしたい気分なのだけど……だめ?」と甘えてみたら、理由も聞かずに二人とも了承してくれたわ。娘に甘すぎですよ。お父様なんて会食の日程をズラしてくれるそうよ。エルクアージュ家の将来は大丈夫なのかしら?

 ……ここまできたら、わたくしは家族を信じることしかできないのだけど。


 そんなわけで、今日は最後の登校日。正確に言えば明後日のダンスパーティーは学校で行われるから、夕方にドレスで来ることは来るのだけど――制服でこうして朝に来るのは最後になるわね。


 だから、こんな騒がしい朝も見納め。

 さて、最後くらい殿下に気の利いた返事でも……と考えて。わたくしはサザンジール殿下を見た。眩い金髪に凛々しい瑠璃色の瞳。造形だけでいえば芸術品に近い美しさだというのに……あまりに必死な形相だから。小鼻が膨らんで。眉間におかしなシワが寄っていて。どことなく目がギラギラしていて。美形形なしなお姿に、思わずわたくしは笑ってしまう。


 そんな殿下は急に笑い出したわたくしに驚いたのか、首を傾げていた。


「ルルー……シェ?」

「いえ、申し訳ありません。サザンジール殿下。おはようございます」

「あ、あぁ。おはよう」


 今日も良い天気だった。季節の割には温暖な気温で、風一つない。……そうだわ。もしも、彼が今もあれを持っているのなら――。


「ねぇ、殿下。もしや、今もあのぬいぐるみを持っていらっしゃったり?」

「あ! これのことか⁉」


 勿論だ、とどこか嬉しそうに例のボロボロのぬいぐるみを取り出すサザンジール殿下に、わたくしは思わず苦笑してしまう。そんなもの、いい歳の青年が自慢げに掲げる物ではないでしょうに。……本当、仕方ないひとね。


「あの……一生に一度のお願いがあるのですけど」

「なっ、なんだ! 何でもいいぞ‼」


 食いつきが怖いくらいですわ。少しくらい警戒してもらいたい所なんですけど。

 だけど、何でもいいと仰るから。捨てられたはずのぬいぐるみに免じて甘えることにしましょう。


「今日、一緒に学校をサボりませんか?」

「はぁへ?」




「どどど、どうしたんだルルーシェ。きみが学校をサボるなんて……それこそ母上にバレたら――」

「その時は代わりに怒られておいてくださいまし」

「そ……そのくらいお安いご用だ!」


 ふふっ、殿下。威勢のわりに目が泳いでますわよ?

 馬車の中でそんなことを話しながら、市街地へ。馬車から降りて、わたくしは思いっきり身体を伸ばした。んーっ、平日の朝っぱらから街にいるなんて、罪悪感と開放感が相まって最高ね!


「なぁ、ルルーシェ。変装とかしないでいいのか?」

「あ、そうですね。殿下だけでも」


 さすがに一国の王太子が学校をサボって街で遊んでいるなんて評判が立ったら大変ですからね。忍んで悪いことはありません。それでは手近の服飾店に――と選んでいると、顎に当てていた手を殿下に引かれる。


「いや、やっぱり止めよう。制服デートだ」

「えっ?」


 そして、わたくしたちはそのまま市街地を散策した。

 流行りのドーナツ屋を見つけたから、二人で立ち食いして(案の定、殿下の口周りは真っ白になりました)。骨董品屋にて奇妙な仮面があったから殿下の顔に付けてみたり(そのまま殿下はお買い上げされたわ)。遊技場に射的があったから殿下にやらせてみたら、店員さんに当たりそうになって二人で平謝りしたわ(わたくしは結構いい線だったと思うのよ?)。


 勿論、行き交う人々や店員さんたちはわたくしたちを二度見したわ。貴族学校の制服を着た生徒がいること自体が驚きなのに、その正体が王太子殿下とその婚約者なんですもの。そりゃあ、皆さん第一声が「今日はどうされたんですか⁉」でしたわ。

 でも、その度に殿下が言うのです。


「制服デートをしているから、今日のことは内密で頼む」


 そんな仰々しくデートデート連呼しないでください! どうせならサボりと無縁の者同士の方が楽しいかと誘ったわたくしも軽率だったと反省しているのですが……あまりわたくしとの仲良い噂は立てたくないのです。だって、王太子と仲睦まじい婚約者が死んだしらせなんて、ただの悲劇でしかないでしょう? それよりも、婚約破棄が危ぶまれるほど仲の悪い悪女が死ぬほうが皆喜ぶじゃないですか。


 だから少し遅めのランチを食べながら、しっかりと釘を刺しておかないとね。


「言っておきますけど、婚約破棄の解消もとより明後日のパーティはしっかりとレミーエさんのエスコートをお願いしますね」

「な、何故だっ⁉」


 殿下はあからさまにショックな様子で食器カトラリーを取りこぼす。わたくしはそんな殿下を尻目に見ながら、淡々とフォークにパスタを巻いていた。


「レミーエ嬢には殿下以外に懇意の殿方がいらっしゃらないのですから。殿下がお相手しないと一人寂しく入場することになってしまいますよ?」


 一人で入場するなんて令嬢として恥ずかしいですわ、と白々しく零すと、殿下は眉根を寄せる。


「それを言うなら、ルルーシェは誰と入場するつもりなんだ」

「……それは当日までの秘密です」

「ザフィルドか?」

「それはあり得ませんわ」

「ならば、例の『他の好きな男』というやつか!」

「その方は……入場できないのではないでしょうか?」


 だってその方はパーティに参加はできませんものね。そもそも、わたくしはパーティ開始時刻まで生きていられるのかしら? できれば最後にひと目、『ナナシの落日』を目に収めたいところですけど。赤い花と夕日が見事に描かれ、息を飲むほど美しいのです。


 わたくしがパスタを口に運んでいると、殿下は両肘をテーブルについて大きく嘆息する。


「……何なんだ、そのなぞなぞは。さっぱりわからん」

「まぁ、我ながらかなり難問だと思いますから。頑張ってください」


 そうですね。己の婚約者が明後日死ぬ予定だからパーティの同行を断って、挙げ句に最後の思い出づくりに付き合わせているなんて……正解された方が困りますわ。悲劇に嘆かれたところで、こっちが困るだけですもの。


「あっ、そうそう。食事が終わったら学校に戻りましょうね。わたくし会いたい方がおりますの」

「なんだ、レミーエか?」

「それはその後に。パーティマナーの最終確認をしておきませんと」

「ならば、ザフィルドか」

「んー。正直ザフィルド殿下とはお会いしたくありませんわね……」


 だってドレスの件、嘘つかれてたんですもの。さすがにムカつきますわよ。たとえわたくしに気があるからとか、殿下を試していたとか、理由はおありなんでしょうけど……だからといって黙って許せるものではありませんわね。でも、最後まで訓練を続けられなかったことが心残りですわ……!


 悔しさに隠れて拳を握っていると、殿下がお水を飲んでから言う。


「きみも何かされたか?」

「きみ?」

「いや……言い間違えだ。気にするな」


 それは無理な相談ですが……兄弟のことに口出しするのも野暮ですわね。

 でも、代わりは考えておきましょう。


「まぁ、ご安心ください。わたくしが対処しておきますので」

「俺に出来ることは?」

「ぜひレミーエさんのエスコートを」

「くどいっ‼」

「お互い様ですわ」


 なんやかんや、殿下もランチプレートを完食していますわね。わたくしも食べ終わったところで、席を立つ。


「大丈夫ですわよ。わたくし、そんなヤワな女じゃありませんもの」

「俺は、そんな頼りない男か?」

「そういうわけではございませんわ――ただ、わたくしが頼り方を知らないだけ。でもね、殿下……」


 ナプキンを椅子に置いて、わたくしは殿下に向かいにっこりと本音を告げる。


「今日のデート、本当にありがとうございました。あなたと一緒だったから、わたくしとっても楽しかったですわ!」

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