とてもまぶしい三日間でしたわ③

 その日の晩。


『ねぇ、神様! わたくし今日初めて“恋バナ”をしたんですのよ!』

『まず報告することがそこなの⁉』


 あらやだ。開口一番、いきなり文句を言われてしまいましたわ。

 あぁ、そうか。神様は殿方ですものね。きっと恋バナに興味がないのでしょう。それなら仕方ありません。次の話題といきましょう。


『それなら、このドーナツという物は食べたことありまして? とっても美味しかったんですの!』

『いやだからさ。今日はもっと衝撃的というか……あったよね? もっと大事なことあったよね?』


 まるで子供に尋ねるかのようにお優しい口調なのが癪に障ります。

 だから、わたくし拗ねてやるんですの。


『嫌ですわ。せっかく神様が『毎日を楽しめ』とくどくどくどくど忠告していらしたから、それを実践できたというのに……一緒に喜んでくれないんですの?』


むくれているわたくしに、何やかんや言いながら紅茶を淹れてくれる神様はやっぱり優しいと思います。


『いやあ……もちろんきみが楽しそうなのは自分も喜ばしいことなんだけど』

『そうでしょう、そうでしょう?』

『でも――とりあえず、あれは“恋バナ”じゃないと思う』


 ふふっ。そこで結局話が逸れちゃう所が可愛らしいですわね。勿論、わたくしはそのまま話を続けさせていただきますわ。


『どうしてですの? 好きな殿方の事を語ったわけですから、それは恋バナなのではなくて?』

『好きな殿方って……きみが語ってたのは歴史上の人物でしょ?』

『もうこの世にいない方のことは語ってはいけないんですの?』


 わたくしは淹れていただいた紅茶を一口嗜み、首をかしげる。神様の視線はやや下を向いていた。


『そういう意味じゃなくってさ……もしかしたら『ナナシ』なんて人物は存在してなかったかもしれないじゃん? そんな何千何万の火矢が飛んできた中生き延びてたとか、非現実的――』

『いなかったんですの?』


 即座に疑問符を飛ばせていただきます。訊いておいて申し訳ないですが、神様にも守秘義務的なものがあるとは思いますの。だからご返答いただけないかもしれませんけど……まぁ、だからといって訊いてはいけないということはございませんよね?


『ナナシという方は存在しなかったんですの?』

『……』

『神様なのだから、当然承知なんですよね?』

『……』

『わたくしと神様の仲ではありませんか。今更内緒事なんて悲しいですわ』

『…………そういうこと言わないでくれる?』

『好いた魔女を守るためだけに火矢の前から逃げなかった英雄の話は全て嘘なんですの?』

『…………いたけど』


 ……ねぇ、神様。それ答えてしまって宜しいのですか?

 思わず苦笑して冷やかしたくなりますが……神様の悲しげな顔に、わたくしは思わず閉口する。


『……いたよ。ナナシという男はいたし。火矢の話も本当。だけど……英雄なんてとんでもない。その男はひとりの女のために己の全部を捨て、挙句にその女も守れなかった……歴史上で一番の大馬鹿者だよ』


 紡がれる言葉の端々から伝わってくるのは後悔と懺悔の色。


『魔女さんはお亡くなりになられましたの?』

『あぁ、ナナシという男の盾になってね。皮肉だろう? その女を守りたかったのに、その女に守られて一人生き延びたんだ。あんな格好悪い男、自分は見たことがない――』

『わたくしはカッコいいと思いますわ』

 

 だけど、わたくしはそれを即座に否定させていただきます。根拠? そんなものはございません。ただの勘です。……ですが、なぜだかそうだと確信がありますの。


『きっとその女性も、そう思っていると思いますわよ。最期までその殿方が大好きで仕方なかったと思いますわ!』


 わたくしが言い切ると、神様はいつもに増して優しい顔で苦笑して。


『……ありがとう。きみに言われると、なんだかそんな気がしてきたよ』

『あら。どうして神様がお礼を言いますの? 神様とそのナナシさんは別人でしょう?』

『あ、あぁ……そうだね』


 そうですわ。それ以上はダメです。何事も――線引は大事だと思いますからね。

 それに、今の神様の微笑はズルいです。どうしてそんなに嬉しそうなんですの? 目尻にシワまで寄せて……もうお綺麗でお可愛らしくて、こちらが恥ずかしくなってしまいますわ。


 だから、意地悪を言っても罰は当たりませんわね?


『ところで神様』

『なんだい?』

『失礼を承知で言わせていただきますが、神様に向いてないと言われたことはございませんか?』

『……』


 あっ、固まりましたわね。でも知ったこっちゃないので、わたくしは楽しみのドーナツを頬張ります。ふわぅわ……やはり美味でございますわ! 滲み出る油の甘みはまさに罪の味。最高にクセになりそうです。


『まあ、夢の世界で食べてもドーナツって美味しいんですのね』


 わたくしがドーナツを堪能していると、対面に座る神様の腕が伸びてくる。その指先はわたくしの唇をそっとなぞって――彼はそのまま『本当に美味しいね』と指先を自身で舐める。


 なっ……なっ。何をなさいますの⁉


『はっ、はしたないですわよ⁉︎』

『とてつもなく失礼な事を言うきみに言われたくないね』

『あら、怒りましたの?』


 ムッとわたくしが聞き返しますと、神様はぱぁっと顔を晴れやかにされました。


『図星すぎて返す言葉がないくらいだよ』


 その顔にまた見惚れてしまいそうだったから……わたくしはただ無心でドーナツを食べ続けることしかできませんでしたの。

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